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131

2012年06月04日 21:39

「えー? お前、まだ昭和46年発行の100円玉なんて使ってるの? ダッセエ! ほら、みろよ。これ、平成23年発行の100円玉だぜ!」
「うわあ、いいなあ! ぼくも欲しいなあ!」
「かーちゃんにきいてみろよ。大人はいっぱいもってるはずだぜ、新しい100円玉!」
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130

2012年05月17日 21:38

 無口で有名なAくんとは、なかなか会話が続かない。
 ちょっと喋ったら変な沈黙、少し喋ったらまた変な沈黙…。
 あるとき、守護霊が見えるという人に会い、Aくんの守護霊を見てもらうことになった。
「これは…」
 その人の顔色が変わる。
「何が見えます?」
「天使だ。天使が見える」
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129

2012年05月06日 23:06

「200円のケーキを食べただけで幸せって感じる。幸福ってこんなちっぽけなものなんだよね」
「きみの言っているのは些少な幸福だ。もっと素晴らしい幸福もある。寿司とラーメンとカツカレーを食べた後にケーキが出てきたら、そりゃあもう至福だろう?」
「僕そんなに食べられない」
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128

2012年05月05日 22:55

 スーパームーンを見に、そこには多くの人が集まっていた。
 凄いね、綺麗だね、と皆が天を見上げて歓声をあげる中、僕だけは背後の地面を見つめていた。
 強烈な月光により浮かび上がる人々の真っ白な影が、ひとり、またひとりと動き出して逃げていく。
 彼らは何処へ行くのか。
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127

2012年05月02日 22:59

 この度**市では「非実在青年保護育成条例」が成立する運びとなった。
 これは文芸、絵画、映像作品等に未成年の男女が登場する著作に適用されるものであり、当該青少年の健全な成長を目的とし、二次創作等により当該青少年に暴力行為や不健全な行いをさせないことを趣旨とする。

 「非実在青年保護育成条例」においては、これまでは認められていなかった人権が創作内の人物にも認められるということになり、その是非について、また、人権の適用範囲についても動物の擬人化や人工知能等を含めるか否かで意見が分かれており、今後の議論に期待されるところである。
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126

2012年04月28日 20:48

 田んぼ道を散歩していると、見たことのない虫がいた。
 毛のない毛虫のような黒い胴体に、やたらと細長い足が生えている。
 気持ちが悪くなり、落ちていた棒切れでそいつを叩く。
 すると虫は、
「ピキャ」
 と鳴いて、ふたつに分かれた。
 それぞれはくねくねと逃げていった。
 細長い足を残して。
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125

2012年04月27日 23:44

 ついに空気中の成分を解析し目視することに成功したという学者に取材に赴いた。
「それでは、早速ですが研究の成果を御覧頂こう」
 学者が取り出したのは蓋がされた小さなビーカーやフラスコだった。
「これは?」
「御覧の通りです」
 彼は胸を張ったが、素人の私には違いが分からない。
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124

2012年04月24日 22:53

 いつもなら柔和な笑みを浮かべていた月が、
 最近はなんだか、
 口角がきつい嫌らしい笑みをしているように思う。
 昨夜はとうとう、唇の端から歯を覗かせていた。
 何がそんなに可笑しいのだろう。
 今夜も月は見えそうなので、
 次にあんなふざけた態度を取ろうものなら、文句を言うつもりだ。
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123

2012年04月23日 18:32

「わあ、みずたまりがいっぱいだ!」
 雨上がり、幼稚園へ息子を迎えにいく。
 道に沢山できた水溜まりに、長靴を履いた息子は両足を揃えて何度も飛び込んでいく。
 バシャン。
 バシャン。
 水が跳ねて泥だらけだ。
 仕様がない、帰ったら、直ぐにお風呂だな…。
 バシャン。
 バシャン。
 ドボン。
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122

2012年04月22日 20:42

「ただいま。頼んでおいたもの、作ってくれる?」
「ああ、それなら、もうできてるよ。ちょっと待ってて」
「え、できてるって、それは」
「ほら、ちゃんと作っておいたから」
「…貴方、これ、冷蔵庫に入れてたでしょ!」
「うん」
「馬鹿馬鹿! こんなの、ホットケーキじゃない!」
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121

2012年04月20日 23:23

 待ち合わせのアーケード街のいつもの場所で、彼女は先に着いて待っていたようだった。
「ごめん、遅れたかな」
「ううん、時間通りだよ、大丈夫」
 そう言って彼女は笑う。
 けれど、傘の下で彼女の身体はしっとりと濡れていた。
「じゃあ、行こうか。何処がいい?」
「濡れないところ」
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120

2012年04月19日 00:00

 山奥の峠道で不覚にもガス欠した。
 買ったばかりの軽自動車を置き去りにしてガソリンを買いにいくにも、町は遠そうだ。
 携帯も通じず困っていたところに、荷物を運んでいたらしいトラックが通り掛かり、
 運転手の叔父さんが親切にも燃料を分けてくれた。
 良かった、助かった!
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119

2012年04月19日 00:00

 牛乳飲め!
 牛乳はいいぞ! 栄養もたっぷりだ!
 身体の調子も良くなる! 頭も働いて仕事の効率も上がるぞ!
 どんな会議だって15分で解決だ!
 家庭円満、人生設計も順風満帆!
 子孫繁栄、国家繁栄!
 とにかく牛乳だ、牛乳を飲むんだ!
 牛乳はいいぞ!
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118

2012年04月19日 00:00

「貴方、今晩は何が食べたい?」
 と出掛けに妻が言うので、
「そうだなあ、思いきってきみのこと、食べちゃおうかな」
 と茶目っ気を入れて答えてみた。
 仕事が終わって帰宅すると、食卓には豪勢な肉料理が用意されていた。
 これは凄い! ところで、妻は何処にいるのだろう。
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117

2012年04月19日 00:00

 食後、
「今度の連休、何処へ行こうか」
 旦那に問うと、
「んんーん」
 彼は歯ブラシを口にしたまま答えた。
「もう、後でいいよ」
 私はむくれて旅行雑誌に目を落とす。
「ゴメンゴメン、そうだな、鎌倉なんてどう?」
 顔を上げると、
「んんー」
 旦那は洗面所に口をゆすぎに行くところだった。
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116

2012年04月19日 00:00

 昔から彼女は人間アレルギーだった。
 夏でも長袖、綿の手袋をして素肌で人に触れることを恐れていた。
 原因は全く不明だというが、不思議と私だけは拒絶反応が出ないのだという。
「不思議ね」
 そういう彼女の私に向ける視線は、何処か他の人と違う気がするのだった。
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115

2012年04月11日 21:08

 仕事からの帰り道、路地裏の抜け道を通る。
 最寄の電車の駅から自宅に帰るのに、駅前の雑踏を避けて歩くのに丁度良い裏道があるのだ。そこは野良猫やら野良犬やらの通り道らしくて、ゴミ捨て場や児童公園の砂場なんかがところどころ妙な感じに汚れたり汚されたりしているのが目に付く以外は、割と人通りも少なくて、道幅が広い割にはクルマが通ることもなくて、夕方にてくてく歩くには悪くない雰囲気の道だった。
 その日も、個人的な話をすれば結構早くに仕事を上がれたのに、団体行動を主観的に捉える悪い風潮のおかげで少なからずな残業を「自主的に」行ったことにより、辺りはもう殆ど日が暮れて闇に包まれようとしているところだった。空気に紗が混じっていくのをリアルタイムで感じるのは嫌いではない。瞳孔が少しずつ開いていくのが分かるような、非日常的な感覚が宿っていく感じ。自ずと、人間らしさが欠けていくような、妙な気持ち。
 そういうものを感じる瞬間は、多分、意識のある程度の部分がこの世界から離れているのだろう。社会に奉仕して金銭を得ている当たり前の生活から脱却する必要性を減じているはずもないのに。普通であり、普遍であることが、不変であると信じきっている人に追随したくないという抗いの感情の、子供っぽさ。
 そういったことを意識してしまう瞬間に、僕はこの世には似合わない存在を目にする。
 大きな袋を抱えた少年だった。
 白い、大きな布の袋。赤い毛糸のニットの帽子に暗い紅色をしたジャケット。季節外れのサンタクロースのような、自分の胴よりもずっと大きな、もしかしたら自分の容積よりも大きいのかもしれないと感じさせる袋を背負って、少年が角からひょいと現れて、僕の前方を歩いていくのだった。
 気づいたのは、直ぐだった。少年の背負う袋から、なにやら細かいものがきらきらと、地面に零れていく。小さく輝く、砂のような細やかなもの。放射線を描いて後ろにこぼれるなにものかは、途切れることなく、白い袋から流れ続ける。彼の運んでいるものが何なのかは全く分からないが、でも、それが全て、この正体の知れないきらきらとしたものであるのなら、大変だ。あの袋に穴が開いたのがずっと前であるのなら、もしかしたら、少年は随分と沢山の落し物をして歩いてきたのかもしれない。
「あの、」
 そう思って、僕は少年に呼び掛ける。穴が開いていますよ、と。
「え。」
 少年は僕の方を振り返り、そして、その場でくるくると回った。その動きに合わせて少年の背後から放射線状にきらきらと細かい輝きが踊る。それを見て取って、少年は、ああ、と呟いた。そして、僕に向かって、軽く微笑んで見せた。
「いいんです。」
「でも、」
 こうしている間にも途切れることなく袋からはさらさらと、きらきらと、砂のような綺麗なものは落ち続けるのだった。彼はそれを放っておいてまるで頓着しないようだけれど、本当にそれでいいのだろうか。このままでは、彼の抱える沢山の綺麗なものがどんどん勝手に捨てられていくだけだというのに。
「いいんです、もう、落ちたものには意味はありませんから。」
「そうなんですか、」
 あまりに思い切りのよい少年の言動に、いまいち納得できずに僕はうろたえるばかりだったが、
「そうなんです。ありがとう、教えてくれて。でも、もう、それらは不要ですから。」
 さようなら、と言い置いて、少年はまた僕に背中を見せた。さらさらと、きらきらと、零れ落ちるのに任せて、少年は袋を抱え直すこともしなかった。彼の背中から地面に降り注ぐばかりの綺麗なものは、彼と共に僕から離れていく。僕はその場に立ち止まったまま、少年が遠くの角を曲がるまで、真っ直ぐにそれを眺めていた。

114

2012年04月09日 00:00

 普段、面白ことなんて全然言わない彼が、突然、こんなことを言うの。
「僕は、きみと漫才をするためにきみと一緒にいるわけじゃあ、ないんだけどね」
 なにそれ! おっかしい!
 今まで貴方と一緒にいて、そんな台詞が一番可笑しいだなんてね!
 ああ、おっかしい! 本当、信じられない! ああ、お腹痛い!
 もしかして、あれ? もしかして、ひょっとして、そうなの?
 貴方、面白いことを言おうとして、そんなことを言ったの? そうなの?
 そうなの? そうなんだ? そうなのね?
 本当、貴方って、やっぱり、詰まらない人!

113

2012年04月08日 00:00

学習机ってあるじゃん、学習机。
あれの天板がさ、天板。あるじゃん、天板。
寝るとこだよ、腕枕して。それで納得するなよ。
とにかく、天板がさ、あれが、付箋なの、付箋。でっかい付箋。ポストイットのでっかいやつ。
剥がせるんだよ、そう。一枚一枚、薄い奴な。
だから落書きし放題なわけ。
いやいや、ノート代わりにするさ、勿論。そのための天板ですよ。
教科書だけ開いておけば、ノートを一々用意する必要がないわけ。
授業中にうたた寝してよだれ垂らしてもめくっちゃえばいいわけよ。
テストの時間の直前にカンニングペーパー作っても、直ぐに剥がしちゃえば問題ないわけ。
オマエシネ、とか悪戯書きしても、直ぐに剥がしちゃえば問題ないわけ。
いつでも新品。どうよ、これ?
裏紙だって、勿論使えますよ?

112

2012年04月07日 00:00

 真夜中、缶コーヒーを買いに外へ出た。
 せいぜいが170メートルの夜の散歩だけれど、まあ、誰も通らない道の真ん中を歩いてみたり、誰も見てないのに我が物顔でそういうことをするのは、意味のないことをするのは人間だけだぞ、みたいな哲学的な思想をもたらすので、面白いといえば面白いし、詰まらない非生産的なことだと言われればそれまでの刹那的なもので、やはり面白い。
 目当ての自販機で缶コーヒーを買って、帰り道、また道路の真ん中を歩いていると、変な奴がいた。
 パジャマ姿で枕を抱えて、サンダル履きの中学生くらいの奴が道の端っこを歩いているのだ。知らない奴だった。まあ、普通の社会人からしてみれば、その辺の男子中学生が近所のどの家庭の坊ちゃんなのかなんて、知っている方が不自然なのだが。兎も角、そいつはぼんやりした顔つきでとぼとぼと歩いているのだった。
 それがまた、僕の住んでいるアパートの方面へ向けてのものだったので、自然と、僕とそいつは一緒の方向へ歩くこととなる。パジャマ姿で近所の自販機にジュースでも買いに行く、というのなら話は分かる。しかしそいつは枕を抱えて、手ぶらで歩いているのだ。これはなんだか、只事ではない。夢遊病なのではないか、こいつは。そんなことを思う。半覚醒状態で出歩くことは、結構危険なのではないか。しかし、只事ではないことに進んで近づいていくほど、僕は物好きではない。少しばかり距離を置いて、仕方なく僕はそいつに付いて行くような格好で歩く。
 一緒の方向、というか、やがてそれは殆ど僕の家と全く同じ道のりになるのではないかという予感となっていった。街灯に映る少年の姿。上下の薄青色のパジャマと、茶色の突っ掛けサンダルと、寝癖がちょっとついた頭。僕と同じ方向に向く足は、少しずつ家屋を限定していく。あと十数メートル進めば、僕のアパートの玄関が直ぐ横にある、というところで、少年はなんと歩みをやめた。途端になんともいえない嫌な予感が背筋を昇ってくる。僕は少年の真後ろで、やはり歩みを止め、呼吸をするのも忘れて彼の動きを伺っている。
 枕を抱えているのとは反対の腕が、ゆっくりと持ち上がる。その手は拳を作っており、扉に向かって振られた。
 コン、コン、コン…、ノックの音が響いた。

 目が覚めた。
 天井と、天井から釣り下がった電灯の明かり。うたた寝をしていたようだ。
 嫌な夢を見た。見ず知らずの夢遊病の少年が、我が家を訪ねてくる、夢。

 コン、コン、コン。

 夢?

111

2012年04月06日 00:00

 PG-12。
[111]の続きを読む

110

2012年04月05日 00:00

 学生の頃、どんな奴だった?
 と、聞いたら、ポソッと一言、
「ロッカー少年」
 という答えだった。
 へえ、バンドとかやってたんだ! 凄いね!
 と持ち上げたら、ゆるゆると首を振って、
「放課後、ロッカーの中に」
 とかなんとか、最後の方はなんだかもごもご口を動かすだけで、ちゃんとした答えは返ってこなかった。
 ロッカーの中にギターでも隠していたんだろうか。まあ、昔はちょっと静かというか暗いというか、大人しいような奴だったらしいから、あまり目立つようなことはしていなかったのかもしれない。

109

2012年04月04日 20:29

 最近、困ったことがある。
 多分、困っているのは私だけ。
 世界で、私だけが困っているのだと思う。
 誰かに話しても、
「嘘でしょ」
 とか言われてしまうので、もう、誰かに相談するのは、やめた。
 でも、困っているのだ。
 あの人に、触れることが出来ない。
 簡単に言うと、そういうこと。
 大切に思っている人、大好きな人がいる。
 その人に、触れることが出来ないのだ。触ることが、出来ないのだ。
 通り抜けてしまう。指も、掌も、腕も、この身体が。
 あの人に触れようとすると、まるで、あの人がそこになんていないみたいに、何の感触もなく、私の腕は、通り抜けてしまう。あの人の身体に触れた瞬間に、触れた部分の私とあの人が、音もなく、なんの感触もなく、溶け合って、混ざり合って、するすると、ゆるゆると、でもなんの感覚もなく、一緒くたになって、でも、あの人の背中から、また私とあの人の混ざり合ったものが分離して、私とあの人とが区別されて、私の腕だけが、私の指だけが、通り抜けてしまう。
 だから、私は、あの人に、本当は、触れることが出来ているのかもしれない。
 私が、あの人が、ただ、それに気づくことが出来ていないだけで。
 だから、誰かに話をしたって、
「ほら、やっぱり嘘でしょ」
 とか言われてしまう。だから、この話は、おしまい。

108

2012年03月15日 22:03

西の空に星が綺麗に見えているというので、外に出てみた。
成る程、冬の空の星は綺麗だ。
つい手を伸ばして、そのうちのひとつを部屋に持ち帰った。
淡い光が夜の安らぎには丁度いい。

そんなわけで、今、西の空にはふたつしか星が見えないと思いますが僕のせいです。

107

2011年12月27日 00:00

「お疲れ様」
 十七時を大きく回ったとはいえ、今年度最後の書類の整理、整備も完了した。課長の印鑑とサインは全て済ませられ、彼は私の運んだ煎茶を飲み一息ついている。先だって部屋に顔を見せた部長は課員一人一人に労いの言葉を掛けながら既に退社へと向かっているだろう。我々の中にもそれ以上の無駄な残業をする者はいないはずであり、私は課員の中で一番の若輩者として、最後の最後に給湯室で皆の湯飲み茶碗やらマグカップやらを洗う仕事を片付ければ本年の仕事納め、というわけである。年明けは三日の午後から出社する者が若干、四日からが半分、五日にはほぼ全ての課員が仕事に取り掛かる。それまで、しばしの正月休みである。
 皆に呼び掛けるようにして声を出し、立ち上がったのは黒谷課長である。
「さて、ちょっといいかな、皆」
 そう言って、注目を集める。
「今年の仕事納めだけど、知っての通り、駿河に先日決まった。年明けの仕事始めまで、よろしく頼む」
 蓮向かいに座った駿河さんに掌を向けた。駿河さんも立ち上がって皆を見渡し、
「よろしくお願いします」
 と笑みを浮かべた。仕事納めが決まった? 今年の仕事が終わったから仕事納め、ではないのか。まだ、何かこの後に誰かに任される仕事がある、ということなのだろうか。
「決まった、って、どういうことですか」
 私は隣の机の折本さんに尋ねる。
「ああ、斉木は今年入ったばかりだから知らないんだね。東京からだっけ?」
「そうですけど」
 私はこの課の中で一番若いとはいえ、東京の本社からの出向という扱いになっている。系列会社の中で、本社とは違う慣例的な実務やら行事やらが存在する、というのはよくあることで、それが都心と地方で異なるケースも、やはりままあることである。
「じゃあ、知らないのも無理ないな。こっちではね、うちの会社だけじゃなくて、割とよくあることなんだよ」
「『仕事納め』ですか」
「そう。その年の業務が終わった日の夜から、翌年の仕事始めの朝まで、ひとりが代表として番をするんだ」
「番?」
 いまいち、ピンと来ない。まさか、留守番の『番』ということなのだろうか。そうすると、駿河さんは今夜からこの事務所に泊り込むということなのか。それはまた、どうして。
 黒谷課長は、足元から大きな紙袋を取り出して、駿河さんに手渡した。周りの者を交えて駿河さんは机に置かれた袋を覗き込む。どうやらその中にはミネラルウォーターのペットボトルや、日本酒の一升瓶といった飲料水が入っているらしい。
 やはりそちらを眺めつつ、折原さんは続けた。
「防犯対策とかじゃないよ。まあ、現代では実質的に、それも有り得るかな、というくらいだけど……、斉木は、商売の神様って知ってる?」
「……恵比寿様ですか」
 うろ覚えに私が答えると、折本さんは頷く。
「まあ、えびっさんだけということでもないんだけどね。まあ、どなた様でもいいんだ、誰が誰を信仰するかというのは、人それぞれ自由だからね」
 私は曖昧に頷く。
「それはここでも同じ。神様がどなた、ということは重要ではない。大事なのは、誰が、その方の代わりにその方を休ませて差し上げるのか、ということなんだ」
「休ませてあげる?」
 私の発言は疑問符が付いて回る。しかし、『仕事納め』とやらが何を意味するのか、なんとなく、分かり掛けてきたような気がした。神様への休暇を、日頃世話になっている人間が献上する。そういうことなのだ、きっと。
「お盆休みも、ゴールデンウィークも、勤労感謝の日も、勿論、正月も、人間は好きなときに、自分で選んで休むことが出来る。でも、神様には休みがない。神様が平穏な勤労と報酬を与えてくれているのだとすれば、これは不公平だ。そう考えた昔の人がいたんだね。それで、神様にも仕事納めを差し上げることとした。営業所内、部内、課内、そういったところから代表の者を選出して、年末年始、その場の『番』をするわけさ。そうして、神様にはゆっくりと休んでもらう。新しい年のご利益を得るためにね」
 これは供物だ。人身御供。私がそう思ったのは、折本さんが駿河さんを見ながら、こう言ったからだ。
「年末年始、彼は水と酒だけでこの事務所で過ごさなければいけない。御節や餅は当然、お預けだ。文明の産物である、電気、水道、ガス、電話、そういったものは一切使えない。服装は勿論、仕事着だ。スーツに精々、コートを羽織るに留める。今夜、我々が仕事を収めたならば、次に正式に仕事始めが行われるまで、彼は誰とも口を利いてはならない。親兄弟が亡くなったとしてもね」
 流石に私は仰天する。殆ど飲まず食わず、他人との交流も遮断。完全に浮世である。そこまで厳密に行われる儀式であるというのか。私の驚いた顔を見て、折本さんは面白いものを見るように笑った。
「おかしいと思う?」
「ええ、正直」
「でもね、そうでなくてはいけないんだよ。そうでなければ儀式にならない。言葉だけの『お疲れ様』だなんて、人と人とのおべっかでしかないって、神様は誤解するかもしれないだろう。きちんと形にして現わさないとね」
 神様ならば、心からの日頃の感謝を現わせば分かってくれるのではないか、そう私は思ったのだが、しかし、『心からの感謝』とは一体、何なのだろう、とも思う。どうすれば、心からの感謝を現わすことなど、出来るのだろうか。直ぐには思いつかない。ある意味、苦行であるかもしれない儀式と引き換えに、安心して神様に休んでもらいたいという人間の側の計らいがそうさせるのであれば、私は何も否定することは出来ない。
「まあ、今となっては、神様を信じて、という本質的な部分をどれくらいの人が信じ切ってやっているのか、分からない儀式なのかもしれないけどね……、でも、この地方では大抵の企業で、こうやって、毎年毎年、『仕事納め』は確実に励行され続けているんだ。割り当てられるのは、身体的に十分健康で、普段、実務において有望な若手株が慣例」
 それで、黒谷課長より駿河さんが選ばれたのか。今年度上半期の業績が課内トップであり、来期には昇進が濃厚であるという彼の、これは昇任試験の一種のような位置付けであるのに違いない。私以外の皆が普通に彼の『仕事納め』役を受け入れ、またこの奇妙な儀式の存在を当たり前に行っていることを考えれば、そう納得するしかない。
「本当に、お疲れ様、ですね」
 私はそう言うことしか出来なかった。黒谷課長の年末の訓示と、駿河さんの『仕事納め』への意気込みを聞き流しながらの折本さんのレクチャであったが、非常に興味深い土着文化はちょっとしたカルチャーショックを私に与えていた。今年の年末は、何も考えずに気楽に休むことが出来なくなりそうな気がする。私が炬燵に潜ってテレビを眺めている間、駿河さんは何をするでもなく、事務所に座って寒さに震えているのかもしれない。
「そうなんだよね。いつの世も、最後の最後まで、いつまでも、誰かが、お疲れ様なんだよ」
 折本さんは、しみじみとそう言った。


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