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今日のフォト:「少年禁猟区」

2005年07月31日 22:20

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 ふと誤ってとんでもないタイトル。
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「名探偵コナン・50」青山剛昌、読了。(☆☆☆)

2005年07月31日 22:13

 いよいよ大台50巻ですね。僕は基本的に「コナン」を読んでいてもなかなか事件の真相に感動しないタイプの人間なので(今更ですが3話に1事件が基本というペースはどうにも詰め込み過ぎではないだろうかなあ)、評価が低いんじゃないかと思われたら申し訳ありません。ミステリ漫画として構成要素が多岐に渡り、よく出来ているというのは周知の事実であるし、メディア的にもある人気が物語っていますよね。他人にお勧め出来ないわけではないので、途惑っているだけです。
 青山氏の完全オリジナルのトリックが50冊分のコミックに詰め込まれているというのならそれは物凄いことだけれど、既存のミステリのアレンジも時折見掛けて、そういう創作がやはり巧い人だと思われます。少なくとも散々叩かれた某ミステリ漫画みたいなあからさまなトリックの引用はしてませんし。
 さて…、結末に向けて歩んで欲しい「物語」はなかなか進みませんね。今巻の見所、というかラストまで引っ張る「ジョーカー」は工藤優作なんでしょうか。これはもう不文律として当然かもしれません。

今日の一言

2005年07月30日 15:12

「小場さん、小場さん」
「うるさいわね、人を年増扱いしないでよ」

「森博嗣の浮遊研究室・5・望郷編」森博嗣、読了。(☆☆☆☆)

2005年07月30日 15:04

 森助教授&浮遊研究室のメンバが、あなたの疑問を増幅させます。「今だからいえる打ち明け話」など、単行本オリジナル企画あり、連載時の「暗号クイズ」の解答もすべて収録。『WEBダ・ヴィンチ』連載の単行本化最終第5弾。

 「WEBダ・ヴィンチ」に3年半に渡って連載された共同雑談エッセイ集(どんな表現か)の第5巻にして最終巻。物事を考えるというのはどういうことか、を考える本です…、などと堅苦しいことはなしにして、4人の登場人物が種々多岐に渡る話題に対し、それぞれがどんなことを思っているのか、ときには笑い、時には膝を打つ解釈があり、と、読者の「常識」の範疇を越えてどんな言葉を述べていくのかを楽しむ本であります。
 本当は当然であるはずの個々人の「当たり前のこと」に対するふとした疑問、というものは、「常識」という思考の縛りの中で深く考察する機会を失われるものです。とはいえ、それは内面から表に言葉として出ないだけで、全く同じ考え方をする人間がそうはいないのと同様に、異なる解釈をぶつけあうことにより、新しい物事の定義が生まれてくる。その「定義」が、世間一般に言う「常識」と異なるものであったとしても、そのどちらが真理であるかは即座には断言出来ないもの。考えれば考えるほど、深みにはまって分からなくなっていくことも、本書のような「雑談」の形を取ることによって、軽い気分で読むことが出来るにも関わらず、興味深い考察に一喜一憂してしまったりするから不思議です。
 もっと長く続いて欲しいとも思うのですが、こういうものには絶対的にキリがないのも確か。5巻、という区切りに不本意ではないのが読者として正直なところですが、ここはひとまず不急の連載を続けてきた皆さんにお疲れ様と述べておきましょう。

今日の一言

2005年07月29日 13:38

 野良猫の右横を車で追い越すのがとてもドキドキします。

「扉は閉ざされたまま」石持浅海、読了。(☆☆☆☆☆)

2005年07月29日 13:27

 大学の同窓会。成城の高級ペンションに7人の旧友が集まった。当日、伏見亮輔は客室で事故を装って後輩の新山を殺害し、完璧な密室をつくった。犯行は計画通りに成功したかにみえたが、参加者の碓氷優佳だけは疑問を抱き…。

 ミステリではお馴染みの死体発見シーンが、本作にはありません。死体を発見して、その場で一体何が起こったのか、というところから検証が始まるのがミステリの定石ですが、死体の発見どころか、部屋から主が出てこない、部屋の中がどういう状況であるのかも明確でない…、それが最後の最後まで(客観的に)明確にはならないのです。すなわち「扉は閉ざされたまま」、事件が発覚する以前の状況下、犯人と探偵役が静かに対峙し始める。このアイデアだけで、作者の企みは7割方成功しているのではと感じます。そして本作は全編、犯人の視点から物語が始まる倒叙ミステリ。この縛りの中、石持氏は見事なロジックミステリを編み出してくれました。
 豪奢な邸宅が現場だということ、窓ガラスには防犯装置が付いているということ、この根拠を省いても、通常一般人は鍵の掛かった扉を前に、「室内に異常が発生している」ということに核心を覚えなければ「扉を破る」ということは、即座には結び付けられない。それがとても現実味のある考えではなかろうかとふと思わせるところがあって興味深いですね。現実的な思考の集まりの中に「探偵役」という存在が登場することにより、ミステリとしての機能が付随され、発揮されています。
 部屋の中の様子を伝聞と推論のみにより推定し、部屋の中の様子は勿論、主の状態、犯人の指摘、どうやってそれがなされ、なんのためになされたか、というところまで真相に肉薄する…、否、完璧な論理によって、全ては解明されるのです。事実を目にしない限りはどんな論理も推論に過ぎない。しかし、犯人の思考をトレースし、更にはそれを乗り越えてしまうことによる探偵役の真相の指摘の瞬間には、軽い興奮を覚えてしまいました。
 冒頭にて提示される単純な物理トリック、しかしてその裏にある、倒叙ミステリであるからこそ堂々と提示された、犯人にとって致命的な、真相への伏線。全てが密接に結びついているからこそ導き出される、犯人指摘に至る論理展開。読者の納得を得るにギリギリのラインであるからこそ事件が成立している、犯行の動機(他人のために誰かを殺す、という考えに賛同出来ない人には反感を買うでしょうけれど)。倒叙ミステリでありながら読者に突きつけられる、意外な真相。探偵と犯人、同類にして異質である二人であったからこそ成立した、事件の「解決」に至る流れ。不満はありません。

 全編200ページほどにぎゅっと収められた濃密なロジック・ミステリ。本年度の私的ミステリベスト候補に確実に入ってきそうです。

『水色ステディ』松前侑里、読了。(☆☆☆★)

2005年07月28日 14:11

 本作に関しては、あらすじを書くことを止めておきましょう。恐らく、先入観なしに読んだ方がいいのではと僕は思うのですが…。

 松前氏の書くBLというのは、端的に言えば「ちょっと変わった恋愛」…、というと口当たり滑らか。実のところ、普通に見えるのに全然普通じゃない、という、他の人も書くようで書かないような…、斬新ではないけれど不思議な人物や物語の描き方をする方です。
 本作における流れの核であるので、人物関係や経緯などを詳しく言えませんが、表紙を見るだけでは恋愛模様の展開を全て予測することは出来ないでしょう。数多くのBLが、「表紙に描かれる二人の『発端』から『決着』」という構成で成り立つ「出口への一本道」であるのに対して、本作においては、複雑ではないけれども、横道にそれてみたり大回りをしたりと、実にややこしい経緯を辿るのです。
 読み終えてみて、そんな恋愛の形はありえないよ、と思う人もきっと多いと思います。けれども賛同…、或いは共感する人もいるかと思うのです。僕は、ああ、そういうことなんだな、と思ったうちの一人。好きな相手の望むことならば、それが例え自分から相手が離れることになっても拒絶したりしない、相手の想いを束縛しない、という精神。これは単なる保守的な受け身なのではなくて、誰よりも誰よりもその人を尊重し大事にしたいと願うゆえの優しさなのだろうと感じました。表面だけで取り繕う「優しさ」なんて、それに比べたら本当に上っ面に過ぎない。何かに言い訳をするように、ステディな関係、なんて言う「恋愛」もあるけれども、その中のほんの一握りは、こんな優しくて切ない恋愛を体験しているのかもしれませんね。

今日の一言

2005年07月27日 14:13

 左目だけの二重瞼が治りません…。目の大きさが違って見える。
 (明らかに慢性的な寝不足)

「マリオネット症候群」乾くるみ、読了。(☆☆☆☆)

2005年07月27日 14:08

 ある晩、目覚めたら勝手に動いている自分の身体。意識はあるのに声は誰にも通じない。身体が乗っ取られた? 操り主は憧れの先輩で、けれど彼は殺されていて…。一体誰が? そして身体は取り戻せるの?

 デュアル文庫初登場にして、トリッキーなSFミステリコメディ。巻末のコメントで乾氏本人が本作は「イロモノ」であるやも、と言及しているように、悪仕掛けに満ちている一冊であると言えそうです。事件の被害者が身体に取り付くという変則的な視点から事件の捜査が進み、けれども主人公の意思は誰にも伝わらない。なんとももどかしいのですが、読者の意表を突いて驚かせる展開が畳み掛けるように起こる終盤はニコニコして読んでました。意外な展開にも序盤から伏線が生かされているし、ミステリ読みにも詰まらなくはないはず。
 よくよく真面目に考えると、あのラストシーンは、表現方法さえ少し違えばライトノヴェルとして落ち着くべきところへ収まり得る方向だったのに、ブラックでシュールでアイロニィな、絵的に決して笑えないものへと意図的に移行しているのは確信犯でしょうか。世界観…、価値観が完璧に壊れる寸前の舞台を喜劇に変えることに成功しているのは確か。
 物語の途中でどんなに理不尽なことが起こって、現実味に乏しい展開を繰り返したとしても、全てが一つのところに収まるのは絶対なのです。これは、本作において乾氏が作り出した絶対的なルール。そして「誰かのために人を殺す」ことに正当性を与えた奇抜過ぎるアイデアに脱帽。お見事です。ただのSFではない、ただのミステリではない。大森望氏の言葉を借りましょう。これこそが乾氏の「センス・オブ・ワンダー」であるのだと。

「格闘する者に○」三浦しをん、読了。(☆☆☆★)

2005年07月26日 14:11

 取り敢えず雑感を。

 「格闘する者に○」。このタイトルを忘れずに読み進めていると、途中でたまらなく笑いを誘われるところがありますので、コメントしておきましょう。本作の物語の核を担う要素の一つ、「就職活動」に関し、三浦氏が考えたに違いないこと。企業が求め、育成する人材への疑問視がありありと窺えます。正直、これはねえだろうと思わざるを得ない。

今日のフォト:「順番待ち」

2005年07月25日 19:36

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今日のフォト:「愛知でなくとも愛はある」

2005年07月24日 22:26

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 小瀬に。

今日のフォト:「1500」

2005年07月23日 23:10

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 またコレが一体何なのか覚えていませんが。

「幻影のペルセポネ」黒田研二、読了。(☆☆☆)

2005年07月23日 22:46

 気鋭のプログラマー各務は、なぜ殺されたのか? 尊敬する先輩の死の謎を解くため、ネット上に構築された電脳空間「惑星ペルセポネ」にログインした来栖。犯人探しを開始した来栖を虚実の世界を往来する巨大な悪意が襲う。

 インターネット上の「世界での」殺人に予告された、現実世界での殺人。自分であり、自分でない、もうひとりの自分がその世界には生き、そして殺される…。こんな導入から、即座に思いつくであろう種類のトリックがありますが、流石、入れ子細工のギミックが真骨頂の黒田氏は、読者の思惑の一歩二歩先を行って騙してくれます。
 ネットワーク上に作られた世界(コミュニティ)の中で多くの人と遣り取りをする、というのは、現在、多くの媒体で存在するものであるだけに、なさそうでありそうな舞台設定を巧く生かしたミステリに拍手。ビジター同士の殺人が黙認され、秩序に規制が掛からない、というのは倫理的にどうかとも思いましたが…。
 作中に用いられるメイントリック、人物入れ替わり&人物多重操作のトリックを実際にどう実行に移せるかどうか、ということをちょっと考えてみると、かなりきわどい場面が幾つもあることは必至で、現実的に言うと無理があるのではないか、と思わざるを得ないです。綱渡り的な手法が取られているので、ロジックとトリックとのバランスは絶妙ながら微妙。トリック至上主義的な作者の罠を以下に掻い潜るか、というミステリ的趣向であることは分かっているのだけれど、少し納得出来ない「欠けたリアリズム」がありますね。

今日のフォト:「甘いもの大好き!」

2005年07月22日 22:36

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今日の一言

2005年07月22日 22:35

「まるで夢みたいだ…」
 ということは、もうソレはきみにとって夢にはなり得ないわけだ。

今日の一言

2005年07月20日 22:40

 金融機関に入店した際、
「いらっしゃいませ」
 と言われると何故か違和感。

今日の一言

2005年07月19日 19:49

 過ぎた牽制は、挑発にしかならない。

今日のフォト:「ラグに猫足」

2005年07月18日 19:31

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 色々変なものが載っております。
 大きい画像はコチラ

今日のフォト:「空蝉(うつせみ)」

2005年07月15日 19:31

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 ちょっと大きい画像はコチラ

「蛍」麻耶雄嵩、読了。(☆☆☆☆)

2005年07月15日 18:52

 大学のオカルトスポット探検サークルの6人は、京都府の山間部に佇む黒いレンガ屋敷「ファイアフライ館」へ肝試しに向かっていた。そこは、10年前に凄惨な殺人事件が起こった現場。嵐の山荘で、すぐに第一の殺人が起こり…。

 一部のミステリフリークの間で賛否両論侃侃諤諤の議論を呼んだ、これまでにないトリックの用い方に諸手を挙げて喜んでおります。悦んでおります。
 もうどーにも、ネタバレに触れずには書けそうもないので、下に隠しておきます。ご了承の上、続きをどうぞ。
[「蛍」麻耶雄嵩、読了。(☆☆☆☆)]の続きを読む

今日のフォト:「怖いパンダ」

2005年07月14日 20:29

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「真夜中の五分前・side-B」本多孝好、読了。(☆☆☆☆)

2005年07月14日 20:26

 Side-Aのラストシーンから二年。ある日、本当に久しぶりに尾崎さんから電話が入った。もう二度と会うまいと決めていたのに――。再会した尾崎さんは、「頼みがあるんだ」と、信じられない話を切り出した…。信じられないのは自分? それともきみ? 果てしなく愛しい幕切れへ、時計の針は、廻る。

 僕は、本の幅が厚くなっても重くなってもいいから、この2冊は1冊にまとめて欲しかった、と読み終えた後になって思ったものです。それは確かに、「A」のラストシーンの次のページに「B」の冒頭の1ページ目が来ることを考えてみたら2分冊は頷ける経緯なのですけれど、それでも間違って「B」を先に読んでしまった人は、「A」を上手に(素直に)読むことが出来るのだろうかと感じたものですから。

 というわけで、ネタバレセンテンスは隠しますが、どうしても2冊の展開を含んでしまう感想になるため、ご了承の上、続きをどうぞ。
[「真夜中の五分前・side-B」本多孝好、読了。(☆☆☆☆)]の続きを読む

今日のフォト:「季節モノ」

2005年07月12日 22:34

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「真夜中の五分前・side-A」本多孝好、読了。(☆☆☆)

2005年07月12日 22:19

 僕は、学生時代に事故で失った恋人の習慣だった「五分遅れの目覚まし時計」を今も使っている。その五分ぶん、社会や他人とズレて生きているようだ。そんな折り、双子である故の悩みと、失恋の痛手を抱えたかすみと出会う。互いの欠落した穴を埋めるように、二人は親密になっていく…。

 人を愛するって、どういうことなのかを、この上なく理性的に捉えた小説と言えるでしょう。冷静過ぎる冷静さをもってして、理性的過ぎるまでに理性的な感情表現を用いた恋愛小説、とでも言いましょうか。主人公である「僕」が、理性的な恋愛間を持っている、と言い換えれば一番分かりやすいですね。恋愛に関して、完全に理性のみを有して全てを語ることは不可能だというのが「恋愛」の定義に近いものがあります。
 本多氏の小説は、どれも静謐な文章を全編に行き渡らせる、水溶液のような透明感のあるリズムを持っています。僕はただ、それは蒸留水のような完全な透明ではなくて、ほんの少し、感情を見せるだけの隙を有した半透明な液体だと思っているのですが、まるで無機質な表情を見せる「僕」も、やはりそれに違わない隙を隠しているようです。逆説的に言えば、その半透明の中で時折見えようとしている何かを隠すために、無意識に残酷なまでの冷静さを表層に貼りつかせているような違和感を、人物造詣に盛り込んでいる。そこに読者は、記号ではない人間らしさを感じ取って、ああ、これは恋愛小説なのだと、仄かな暖かみを見出すのでしょう、きっと。
 一卵性双生児ゆえに己のアイデンティティーを問うことに疲弊してしまった女性が登場します。完全に同じ遺伝子を持った姉妹の思想をトレースすることが出来てしまった故に、彼女は人生の痛手ともなりかねない悩みを抱くことになるのですが…、これは本当に、当人そのものになってみなければ分からない感情でしょう。双子の片割れと全く同じ恋愛感情、繰り返す身代わりの恋愛感情、というアプローチも興味深いです。

「その向こうの向こう側・3」渡辺祥智、読了。(☆☆☆★)

2005年07月12日 21:52

 花。その言葉の、その存在の持つ意味がようやく分かってきました。2巻の時点で幾つかの特徴、性質は語られていたのだけれど、彼女らが「花」と呼ばれるのがどんなところを指すものであるのかがピンとこなかったのです。けれども次第に、その力の行方がおぼろげながら見えてきたようです。力を司る者は、しかし生と死を自由に操ることは出来ない。力の代償は生をすべからく死に陥れる…。それはすなわち世界を歪ませる。
 常世の花、アマランザイン、キアラ。彼女を始めとして、別世界より呼び込まれた双葉は勿論のこと、片割れの兄弟に追われる王子に、正体不明の魔法使い。旅の仲間、と安易に呼んでいいのか途惑ってしまうのは、彼らの「目的」がまだ曖昧であるから。微妙なパーティですね。
 実際のところ、まだ何も始まっていないし、何も終わる気配も感じられないのが正直なところです。「世直しファンタジー」なんてコピーが本書の帯にはついているけれど、彼らは未だ、何も救うことは出来ていない現実を抱いています。進みそうで進まない物語は、生き急ぐ人々、世界の見えないところで進んでいるのかもしれない衰退、廃頽をひた隠しにしているようで、少しばかり切ないです。
[「その向こうの向こう側・3」渡辺祥智、読了。(☆☆☆★)]の続きを読む

歯が、歯が!

2005年07月10日 22:20

 流しの上にある鏡を見たら、上の前歯が2本、ボロッボロになってしまって、触れるとあっさり欠けて引っ張るとそのまま抜け落ちてしまって、物凄いショックを受けました。鏡を見直したら次の瞬間には矯正器具みたいなブロックが歯茎にガッチリ仕込まれて、まるきり自分じゃないみたいに変形してしまった顔に呆然として、もう元通りには戻れないのだと、この世の終わりかというくらいの絶望的な思いに包まれた瞬間に目が覚めました。そのときの安堵の息をきみに聞かせてやりたいよ!(誰)
 ええ、夢の話です。けれど歯が抜ける夢って暗示的で怖いよね…。何か大切なものをなくす、でしたっけ。うう…。
 右上の奥歯を噛み締めたて歯を歯で引っ掛けたまま、抜けるんじゃないかっていうくらい顎を動かす、という夢も何度か見てます。コワイコワイ…。

「いま、会いにゆきます」市川拓司、読了。(☆☆★)

2005年07月09日 22:23

 妻に先立たれ、息子と2人暮らしの巧。「雨の季節になったら2人がどんなふうに暮らしているのか、きっと確かめに戻ってくるから」亡くなる前、彼女はそう言っていた。そしてある日、妻・澪は本当に現れ…。好きな人を思うとき、必ずその思いには別離の予感が寄り添っている。もし、そうだとしても――。
 映画化がされ、ドラマ化もされた恋愛物語を、遅ればせながら読んでみた次第です。読みたくなった、というよりは、評判の高さを受けて読んでみた、というのが正直なところなので、真っ直ぐな感動よりも先に恋愛物語としての出来を窺う目で読み進めてしまった自分をまずは戒めたいところ。
 妻を無くした夫と息子の元に、妻の幽霊が現れ、再び三人の生活が始まる…、それは何処かで聞いたことのあるような、はっきり言ってしまえば新鮮味に欠ける構成なのです。けれども、その背景が、ありきたりのものとは違う。外部からの刺激に素直過ぎる巧…、普遍的な社会とは、ノイズだらけの世界。周囲の他者とは決定的に異なる性質を有した主人公、それは個人が決定的に確立されていることの裏返しとも捉えられるのだけれど、そんな主人公は本来、恋愛物語には不向きなものなのです。それゆえに逆説的に、そこにあるのは嘘偽りのない愛情なのではと思います。愛情の形は人それぞれだろうけれど…。
「そうなの?」
 そんな口癖を持つ巧の息子、佑司の存在が、いいクッションになっていますね。純愛、という言葉が一番当てはまるのは、大人ではない彼でしょう。絶対に、そこには横目を窺う嘘なんてない、本当の、本物の純粋な愛をもってして、澪の存在を望んだ彼の存在があります。それによって巧も、澪も救われた。
 終盤に至って僕がふと思ってどうしようもなく切ない気持ちに襲われたのは、巧(と佑司)が一度失い再び愛そうとし、愛するようになった澪が、本当に巧が愛した澪の形を取っているに過ぎない『幽霊』で、澪の記憶を取り戻すどころか幽霊異常ではない存在であるままに別れを迎えることになるのではないだろうかと思ってしまったため。恋愛物語としてエンドマークを打つのであれば、本作を構想するにおいて最も切なく悲しい終わり方となったでしょうけれど…、僕は正直なところ、「澪が時間を飛び越えていた」という結末への提示の仕方が気になって仕方なかったのです。これは作者の市川氏が読者を意識した結果なのではないだろうかと思ったので。
[「いま、会いにゆきます」市川拓司、読了。(☆☆★)]の続きを読む

今日のフォト:「フランベ」

2005年07月09日 18:20

 
 アルコール度数96%のウォッカをフランベしてみました。燃える燃える。
 大きい画像はコチラ

今日の一言

2005年07月08日 22:22

右手首の血管で脈を取るとこにダイレクトで蚊に刺されました。


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