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今日のフォト:「ン?」

2005年09月30日 22:52

 たまたまレンズを向けた瞬間に振り返ったので。
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「箪笥のなか」長野まゆみ、読了。(☆☆☆)

2005年09月30日 22:49

 親戚の家から引きとってきた古い紅い箪笥。この箪笥、なんだか不思議な箪笥だ。抽斗を開けると…。長野まゆみの新境地が、いまここに拓かれる。『群像』掲載を単行本化。

 「群像」に掲載された(つまりれっきとした「文学小説」なのです)、一つの箪笥にまつわる物語の数々を収録した連作短編集です。長野まゆみというと「少年小説」のイメージが色濃いのですが、今回は変わった箪笥を引き取った女性と、普通の人には見えないものを感じる、彼女の弟が登場人物の主軸。相変わらず「ファンタジーの振りをした小説」の皮を被ったファンタジー小説を書くのが巧いなあ、と思わせられます。奇妙で不思議なことだらけなのに、それをそのままにしておけない余地を見せない隙のなさが良いです。現代ファンタジーのままでもいいのに、彼ら彼女らは「そんなこともあるのだ」と、まるで意図して読者に現実に紛れる幻想を悟られないためのような素振りを見せる…、そんな錯覚を受けかねないのが、長野氏のちょっとした悪戯心を見るようで面白い。
 近年、長野氏が意識して始めたという小説の書き方に、「地の文と会話文を溶け合わせる」遣り口が見受けられます。これは全く新しい書き方だというわけではないでしょうが、慣れないうちは、読者は自ずから意識して文章を読まなければ、地の文と会話文との境目で読書は幾度もつまづくでしょう。しかしこれは決して小説物語を形作る上で悪くはないと感じます。世界観を壊すわけでもないし、物語のテンポを乱すことにもなっていない。
 本作は二重の意味で、小説家、長野まゆみの新境地と呼べそうです。

今日のフォト:「OG」

2005年09月25日 20:43

 「雑貨屋 BULLDOG」夜景ver。
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「τ(タウ)になるまで待って」森博嗣、読了。(☆☆☆+★?)

2005年09月25日 10:55

 「超能力者」神居静哉の別荘「伽羅離館」を7名の人物が訪れた。晩餐の後に起きる密室殺人。被害者が殺される直前に聴いていたラジオドラマは「τ(タウ)になるまで待って」だった…。森ミステリィ、Gシリーズ第3弾。

 「嵐の山荘で起こる密室殺人!」を森氏が書くのです。となると、ミステリ読みとしては楽しみでないはずがない。「ミステリ」のスタイル、そのものを問うシリーズなのではと議論を呼ぶGシリーズ、読みました。
 本作には「超能力」の披露のスタイルとして、異界に消えてしまったのかとその場の人物に錯覚させる人物消失トリックが用いられています。ところが、その直ぐ後に同じ部屋で密室殺人が起こるために、二つの「不思議」に同じトリックが用いられているに違いないとミスリードされてしまう…、「殺人」と「マジック」とは本来全く別物であるべきなのに、自然とそう考えてしまっていました。読者がミステリ読みであればあるほど、「意外な犯行方法」から斜めにピントがずらされた「意外でないゆえに意外」な犯行方法に唸らされるでしょう。「雨と雷の誤認」は、少し考えてみれば分かりそうなのに真相から巧く隠されている。巧い遣り方ですよね。そんな風に、実はしっかりとした「トリック」が用いられているのに、それが明かされて読者がつい膝を打つようなカタルシスは存在しない。それが当然であるかのように。これぞミステリのトリック、というような、トリック小説としてのトリックは、本シリーズでは森氏は書く意思がないのでは、とふと思いました(アンチ・トリック・ミステリ?)。
 「事件の謎を解いても、(読者にとって)事件は解決していない」という今シリーズの共通点は続行されています(これは僕の考えに過ぎませんが)。犯人は唯一に確定しない、動機も確定しない(これはただ「必要のないもの」として表に出てこないだけですが)、仕舞いには「組織が関係しているのかもしれない」と一層される、誤魔化しと紙一重の「アンチ」っぷり。
 キャラを書かないことにより独立した人格が浮きだっている海月は、紛うことなき探偵役なのに、視点を変えれば「必要のない探偵役」。何せ今回は予定外にも犀川先生が現場に到着して入り口を見るなり快刀乱麻(本人はイヤイヤながら)の密室トリック解明でしたから、出る幕がありません。しかし海月はそれを自覚しているようにすら見受けられるのは穿ち過ぎでしょうか。これはパズルとしてのミステリなのか、ミステリとしてのパズルなのか。
 そしてなんて颯爽としたラストシーン! レギュラ・メンバを差し置いて何もかもに勘付いているのではと恐ろしい佐々木氏と、恐らく正体はVシリーズのあの人であろうと多くの読者が当たりをつけている赤柳探偵の今後の動向に注目ですね(どうなの)。

今日のフォト:「見守る者」

2005年09月24日 23:04

 遊亀動物園にて。
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「金田一少年の事件簿 吸血鬼伝説殺人事件」鑑賞。

2005年09月24日 22:58

 リアルタイム鑑賞報告。

 ハジメが物凄くマトモな現代っ子に見えます。というか、彼以外の人物がマトモでないような気がしてならない。言動に支離滅裂…、「探偵の素質」って何さ。美雪なんかテンパリっぱなしでどうしたものかと気が気でなりません。そのおかげでメイントリックはアリバイ&密室なのだろうと思う一方で、その辺に全く重点が置かれていないために、その部分は単に「人が死んだ」というファクタしか記憶に残らない。本格ミステリであるはずの「金田一」シリーズが、ありきたりな2時間サスペンスドラマの印象しか持っていない。悲鳴→連なってドタバタドタバタの繰り返し。ううむ。どうなることやら。(22:10)

 推理が始まりまして、疑問点の列挙がされ出して、ようやく「ラウンジを通らなければ2階の客室には行けない」という不可能状況が正式に提示されたことに気づく。正しくない視聴者だなあ。50キロ以上の人が乗ると床が抜けるだとかいきなり意味深過ぎる伏線が冒頭に出てきたときにはどうしようかと思ったものですが、きっとエレベータに人を乗せて、ロープで縛っておいて上から引っ張ったに違いないね! ということは1階と2階に一人ずつの共犯者がいるのだな。ということは犯人は従業員の二人だな?(22:15)

 倉庫での検証シーン。扉の下に5センチくらいの隙間があるのに愕然としました。これって客室と同じ作りなんだっけか…。とすると途端にショボくれたことになりそうで心配です。天樹さんのトリックは結構大味で見栄えはするのだけれど、今回はどうなのだろう…。(22:22)

 安池は犯人ではない?の実証。ああいう小さなことの積み重ねは好きです。
「おお。気がつかなかったよ!」
「注目してなかった☆」
 割と薄情ですね。(22:27)

 謎解き。見栄えがする大味な天樹トリック(犯行場所誤認トリック)炸裂しました(褒めてますが、多少事前の説明が足らなかったために驚きが減少)。ていうか、えええエレベータの制限体重に減らすため、血を1リットル採って後で1リットル戻したですって~! わsdgtyふじこlp;@:、伏線は確かに彼方此方にありましたねえ。もっと書き込めば戦慄のトリックに違いなかっただろうに、どうにも2時間サスペンスの滑りっぷりで薄っぺら苦なってしまって残念(マトくんによれば「美雪の電波さえなければ」)。あと、犯人の身の上話は例によって復讐ですので、「復讐アレルギー」の方はご用心(笑)。(22:50)

今日のフォト:「レーザービーム」

2005年09月22日 21:59

 花壇の水撒きとかに使うスプリンクラーです。
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「となり町戦争」三崎亜記、読了。(☆☆★+☆?)

2005年09月22日 21:58

 ある日届いた「となり町」との戦争の知らせ。僕は町役場から敵地偵察を任ぜられた。だが音も光も気配も感じられず、戦時下の実感を持てないまま。それでも戦争は着実に進んでいた…。第17回小説すばる新人賞受賞作。

 日常の中で、僕たちは人の死というものには触れずに生きているものです。それが当たり前のもので、ましてや、多くの死が当然にもたらされる戦争などというものには、生涯、無縁のまま人生を終えていくものの方が、現代では圧倒的に多い。本作は、そんな何処か「戦争」の持つ余所余所しいイメージを具現化したような、「見えない戦争」が終始、描かれます。
 戦争地帯の真っ只中にて業務を任ぜられる立場にありながら、主人公、北原は「戦争」を肌で感じることなどないままにその終息までを経験する。けれども、ディテールは描かれているし、戦争の生臭さ…、「それらしい」部分も時折、伺える。広報誌が報ずるところを見れば、確実に戦死者の数は増している…。なのに、そこには本当に戦争があったのか、彼は何か大きな意思の元で欺かれ続けていたのではないかと疑いすら抱きたくなります。それくらいに、本作の「戦争」は、如何にも「それらしく」ない。町と町とが狭義をし、承諾をし、近隣住民には説明会をし、皆が承諾して、「戦争」を行う…。それは「戦争」なのだろうか。戦い、諍うのが「戦争」であると言葉の上では認識している僕たちは、そんな静か過ぎる「戦争」を見たときに困惑を禁じ得ない。リアルな意味での「戦争」の体験とは一体、どういうものであるのか、否応なく読者は考えることとなります。
 そして、最後の最後まで、となり町との「戦争」により、何が起こったのか、何が起こらなかったのか、何が得られたのか、何を失ったのか、というようなことは一切語られない。そういう都合のいい説明は本作にはないのです。この点が、本書の面白さを何処で見るか、という読者の視点を分けることになりそうです。とかく、こんな「戦争物語」は、そうそう書かれるものではないでしょう。

今日のフォト:「ペンギンさん」

2005年09月21日 20:58

 動物園にて。
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今日のフォト:「オウムさん」

2005年09月20日 18:51

 動物園にて。
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「動物のお医者さん・1」佐々木倫子、読了。(☆☆☆)

2005年09月20日 18:50

 「動物のお医者さん」が主人公ではなくて、その研修生…、医学生が主人公です。彼、そして彼らが医者になっていくまでを描いたコミカル・カレッジ・ストーリー。何処をどう読んでもコミカルな語り口が満載なのだけれど、それが如何にも普通であるように描かれることに面白さがあるような…。本人たちはふざけているわけでもなく、殆どが至極真面目で当たり前の日々であるので、読者はクスクスしたり苦笑いしたり。普通な日々なのに、一般人から見たら如何にも普通じゃないのだ。

今日のフォト:「ポニーのメーデー」

2005年09月19日 13:07

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 ポニーの「メーデー」ですね。

「最悪」奥田英朗、読了。(☆☆☆☆)

2005年09月19日 13:00

 零細工場主と恐喝常習者が「人生の敗け組」という運命に唾をはいた。なぜ人は平凡な日常から墜ちていくのか? 犯罪に追いつめられる人間の心理をあますところなく描く比類なき犯罪小説。

 日常が非日常へと転換する、クライムノヴェル。という歌い文句ではありますが、この物語に登場する三人の主人公は、町工場長、銀行員、ヤクザ以下のチンピラ、と全くそれぞれの異なる人生を歩んでいるのです。とその人生が交錯する瞬間まで、本当にそれまでは無縁。三人の行く末はやがて何処かで交わるのだろうという予感は、冒頭からどの読者も感じることですが、交わる瞬間に至るプロセスは、読者から見れば日常的とも、或いはその一部分が非日常的とも読み取れる、しかし物語的には全く日常的でしかない、「プロセス」を小説の文体で追っているのみのものなのです。しかしそれは言い換えれば、綿密で緻密な描写が、それぞれの人物を真後ろから見る視点で語られるために、彼らの苦悩を焦燥感をもって一番身近で感じることとなるのです。苦悩が次第に苦痛に感じられ、やがては取り返しのつかない、「最悪」で致命的な状況に追い込まれることを真綿で首をじわじわと締められる、という表現でしますが、本作はまさにそんな言い回しがうってつけ。
 それゆえにこの物語が「この物語」でなければ、この物語であってさえも、彼らが出会うことがなかったならば絶対にその三種類の人生は交錯することなく進んでいき、そして行き詰まっていただろうと思われます。ところが、彼らの劇的とも呼べる交錯の瞬間から、物語は急転直下。そのまま「小説」で終わっても不具合がない小説が「犯罪小説」に変わる瞬間を、読者は半ば呆然と、唖然とした面持ちで眺めるのかもしれません。そして同時に一種のカタルシスすら覚えるのではと思われます。更に持続する緊張感と焦燥感。こういう形で見せ付けられる「犯罪小説の進行形」は滅多にあるものではないでしょう。恐らく、エンターテインメント小説として本作を捉えると、読者が期待する結末(登場人物三者が抱える様々な問題が、最終的には一挙に解決する)はことごとく裏切られることになるでしょう。最後の最後まで、彼らの命運は「最悪」であるのです。でもそれは本作の瑕疵には全くならない。これが物語の完成形であり、本作が「新しい犯罪小説」と呼ばれることに頷くことが出来た所以も、もしかするとその辺りにあるのかもしれません。それが、日常が非日常を経て日常へと回帰するプロセスなのかもしれないと思うのです。

「フルーツバスケット・18」高屋奈月、読了。(☆☆☆★)

2005年09月18日 13:07

 フルバのテーマは「家族」である。これは物語の冒頭から明確にされているものです。そして物語の中心に据える草摩家そのものにメスが入り掛けていますね。どうやらラスボスが誰になりそうなのかはっきりしてきましたが(笑)、慊人の隠し持つ箱の中には十二支の「絆」に所以するものが入っているのではないだろうかと勘繰っています。とはいえへその緒とかだったら嫌だよねえ…(苦笑)。一方他方でどうにも最後の最後に大逆転して悪役に転じてしまうのではと心配でならないぐれ兄は、まだギリギリまでニコニコしているのでしょうか。
 少し前からめきめき傾向が強くなっていますけれど、誰がどう見ても真知と由希はラヴラヴでしょう。ねえ? ヒロヒロはちょっと育ってイイ感じです。透と夾の登場率がめっきり減っていますが、巻末の次巻予告を見たらモキモキして仕方ありません、どうしましょう。

「SAW」鑑賞。(☆☆☆☆☆)

2005年09月11日 23:43

 目が覚めると老朽化したバスルーム。部屋の対角線上に、両端に鎖で繋がれていた男が二人。彼らの中間、部屋の中央には血塗れで倒れた男が一人。手には自殺に使われたらしい拳銃とテープレコーダ。男たちのポケットに入っていたテープを再生したとき、悪夢は幕を開いた…。

 凄い。凄いぞこれは。ギリギリ! ギリギリ!
 おおよそ全てのエンターテインメント作品に共通して言えることですが、本作は事前情報なしに見て良かったとつくづく思いました(店頭で初めて見てケースの梗概を読んで興味を持ったクチ)。なものですから、以下は完全ネタバレで行きますのでご用心!
[「SAW」鑑賞。(☆☆☆☆☆)]の続きを読む

「リクルート」鑑賞。(☆☆☆)

2005年09月11日 19:29

 不審な死を遂げた父の謎を解明したいという思いと、スリリングな生活を送りたい気持ちからCIAに入る決意をしたジェイムズ。だが彼を待っていたのは友情や愛をも利用する非情な訓練だった。やがて彼に初のミッションが下される。それはCIAに採用された二重スパイの摘発。しかもそのターゲットはジェイムズが愛する女性レイラだった……。

 生スリリングな心理戦が幾重にもなって展開される、トリック・サスペンス! という触れ込み。僕はてっきり予告編を見て、「何か大きな組織に潜り込むと同時に、その組織からCIAに二重スパイとして潜伏している(と危惧される)レイラの摘発に向けて動き出すのだと思ってしまいました。そして潜入捜査に踏み切るも、あえなく捕まってしまうジェイムズ。しかし何処か「出来過ぎて」いる。これまでのことを考えると、もしやレイラとバークは連絡を取り合っている? …つまりこれも例外的なテストなのでは?」という展開を考えていたのですが、これに比べたら静かなミッションでしたね。
 けれども視聴者は、「どれほど主人公が欺かれ自分以外を信じられなくなる展開を見せようとも、最後には『全部テストだったのだ』という真相でエンドマークを付けられるんじゃないか」と考えてこの映画を見ることになると思うので、製作陣はそれをどのように叩き伏せるのか気にしつつ見ました。
 一言で言うと、訓練生を途中降板となったジェイムズを巧いこと飼い慣らしたバークの一人芝居であったのだ、という真相でした。これは確かにジェームズに向けられたスパイ指令の大元をひっくり返しているわけで、一番最初に信じなければならないものが嘘だったという「出来た」真相であるとも思われます。…ですが、前半、なかなか緊張感溢れる研修シーンが繰り返されるのに反し(例の予告編の「これはテストなんだろう!」はそのまま演習でしたね。かなりガックリしました)、中盤からラストに向けては中弛みも多少、特にのバークの告白の場面などはなんだか一人勝手なことに使われていたわけでウダウダした印象…。

「閉ざされた森」鑑賞。(☆☆☆☆+★?)

2005年09月11日 03:40

 豪雨のジャングルで訓練を行う米軍レンジャー部隊が行方不明となり、7人のうち5人が死亡したことが発覚。死亡者のなかには部下から憎まれていた教官が含まれ、生存者2名の証言もくいちがう。尋問の得意な元レンジャー隊員と女性大尉が真相に迫るが…。

 ツイストの効いたミステリ。有栖川有栖氏が絶賛していたのでちょっと期待しておりました。原題は「BASIC」。基本的な、初歩的な、という意味ですね。後は兵隊の訓練とか…、こっちのニュアンスかな。
 辻褄が合わない複数の証言から真実を拾い出していく(誰も彼もが嘘をついている。その中から真実を探り出す…、嘘だらけの中から辻褄を合わせていく)行程は、推測、推察、まさに推理のプロセス。密林の中のアクションパートと、基地の室内での尋問、質問パートが、カットバック、多層構造をもって交互に繰り返される。それゆえ観客は過去の何を今語られているのか見失いがちな性質を持った映画だと言える。ちょっと複雑ですが、結末に用意されているどんでん返しはミステリ読みを喜ばせる軽い興奮にぞわぞわしてしまいました。主人公がハーディでなくオズボーンである(つまり彼女の視点が観客の視点である。彼女の存在がなければ何処にも謎解きの要素は必要なくなるわけです)というのが、もう一つのトリックではないかと個人的には思っています。伏線はハーディの登場シーンからばら撒かれていて、それは同時に真相に一瞬見せかけたダミーの真相とも密接に結びついている。探偵役の依頼者が犯人であるという真相(けれどそれは「事件」の真相ではない)、事件を明るみに出し犯人を追い詰めることに成功した探偵が実は影の犯人であったというダミーの真相(だがこれは少々スマートではない。と思っていると)、全ては闇に秘匿される、真の真相。ミステリで言うところのカタルシスを感じるには至らないですが、十分に驚きを得られる物語の真相が待っています。最後のシーンでは全てのカードが宙でくるくる回って、でも地面に落ちたときにはぴたりと表を向いて揃っている。

 以下、ちょっと笑えたオマケ。
[「閉ざされた森」鑑賞。(☆☆☆☆+★?)]の続きを読む

今日の一言

2005年09月10日 23:39

「へのへのもへじ」って「へへののもへじ」の方が実際描いてバランスがいいと思う。

「月館の殺人・上」綾辻行人・佐々木倫子、読了。(☆☆☆★)

2005年09月10日 23:19

 綾辻氏、コミックの原作にて「館シリーズ」の新作(番外編?)を発表か? とファンの興奮は嫌が否にも高まったことだろうと思われます。そして単行本が発売、その帯を見ると、
「2大ストーリーテラーが贈る至極の鉄道ミステリ」。
 本作は鉄道ミステリであります。これ、知らずに読み始めたら綾辻ファンには一番のドッキリトリックなんじゃないかと感じて少々残念でもあります。月館は「つきやかた」とか「つきかん」ではなくて、北海道の地名「つきだて」であります。知らなかった…。
 主人公は東京在住、北海道に旅行に出掛けるのですが、夜行列車「幻夜」に乗り合わせた客たちは全てテツ(鉄道マニア)。作画の佐々木氏も、こんな途方もなく面白可笑しいものを描くことになってどう思っているのだろうと危惧せずにはいられませんが、多分に面白がって描いているだろうことは易々と窺えますね(笑)。これはもう何というか「本格」鉄道ミステリではないかと思うのですが(色々と面白いことになっているので、興醒めになりかねないかと懸念してネタバレ扱い)、そこは綾辻氏、ちゃんと「ミステリ」してくださいます。密室を登場させてくださいます。探偵役を担うのではと思っていた日置があっさり死んでしまってどうなってしまうのか。ミッシングリンクも気になるところ。なんらかのトリックが仕込まれている可能性が大きいです。なんらかの叙述トリックが仕掛けられているかもしれないので読み返す必要がありそうです。乗員がもう一人いたとか(誰かが双子だったとか)。
 最後の最後に登場した館が「月館」に違いない!と勝手に自分の都合のいいように解釈していますが、これは徒労に終わるのではとも思っている…、続きが気になります。

 以下、本作(上巻)の結末に触れていますので未読の方はご遠慮を。
[「月館の殺人・上」綾辻行人・佐々木倫子、読了。(☆☆☆★)]の続きを読む

「よつばと! 4」あずまきよひこ、読了。(☆☆☆☆★)

2005年09月10日 22:51

 いやあ、何の余計な感想も感情も抱くことなく素直に楽しいなあ。長いこと4コマで漫画を描いてきた人だから(といっても数年前の話になっちゃいますね)、基本的にメリハリと起伏とオチのつけ方が凄く手馴れてこなれて巧い人なんだ。そして人間観察をするのが趣味得意なのではと思えてしまうような細かい芝居…、あない、仕草を描き出すのも巧いですよね。ページをめくるごとにクスクスニヤニヤしています。良い読者です。
 みうら可愛いじゃん。悪いか。
 つくつくぼうしの話が本巻の最後に出てきます。夏の終わりを告げる蝉の登場で、この物語にも一つの小さな区切りがつけられる予感がします。そういえばこの物語は「夏休み」の最中のものでしたね。夏休みがあるから「世界」に留まっていられる人たちと、そんなものとは関係なく、日常の何でもかんでもを楽しんでしまえる少女の物語、と言い換えられる本作。誰も彼もが同じ線上に居られる時空間「夏休み」。それが終わるとき、果たして、…ね。

今日のフォト:「オーマガトキ」

2005年09月08日 20:15

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台風一過で凄い夕焼け。

「DEATH NOTE・8」大場つぐみ、小畑健、読了。(☆☆☆☆)

2005年09月06日 22:11

 第二部、本格始動。少々ネタバレ(話の流れ)を含みます。

 冒頭から緊迫感が持続するのだけれど、メロの鮮やか過ぎる誘拐劇(ミサイルはやり過ぎではないかと思ったが)に引き換え、相手の手の内を読みきれずに後手後手に回るライトの不甲斐なさばかりが目立つのはやはり、この「第二部」の一番の弱点。読者に対してデータがフェアでないので、サスペンスはサスペンスだけれども、第一部みたいな本格ミステリ感は激減しています。これは読者の好みですが。
 どうにもキラとLを同時に演じようとする無理がたたっているのではとか、突然キラとLとの両側に、メロとニアにそれぞれ単独で、けれど同時にアプローチを受けたものだから、何処か片隅で「どうすれば乗り切れるか」と保身に走り始めている。実にらしくないですね。そういった者(Lの後継者とは言わずとも似たような脅かしが)の登場への保険として布石が幾らでも敷けた4年間のインターバルは一体何のためにあったのだろうとキツイ言葉を掛けてしまいますが、これは一種の第一部の大逆転劇の健闘と比較したこれまでの流れへの批判であるので、またすごいひっくり返し方をしてくれるのではと期待しているのです。しかしまあ…、話の流れがなんだか微妙に最初の頃と違ってきたような気がします。こればかりはジャンプレーベルの宿命でしょう。

 そうそう、あの外道な悪人面はこの先ますますヒートアップするのか、これもちょっと楽しみになってきました。ミサミサを裏切りでもしたら、彼女がラスボスになってしまいそうで怖いですね(笑)。

 以下、もう少し確信犯的に。
[「DEATH NOTE・8」大場つぐみ、小畑健、読了。(☆☆☆☆)]の続きを読む

「レッド・ドラゴン」鑑賞(☆☆☆☆★)

2005年09月04日 19:03

 キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!
 黒猫屋のリクエストでレンタルしてきました。黒猫大喜び☆です。
   ***
 犯罪精神医学の権威、或いは学会の妙異、犯罪者の驚威、「人食い」ハンニバル・レクター博士の登場作です。映画化1作目であり時系列上2作目の「羊達の沈黙」にて、既に彼の登場シーンは牢の中であったわけですが、本作は彼が終身刑に追われる前のシーンから始まり、静かに外界を見つめ続ける役回りを演じる…、犯罪者にしてアームチェア・ディテクティブなのですね。
 これはどういうジャンルに入るのかなあ、と思い浮かんだ言葉は、「サイコ・サイコ・サスペンス・サスペンス」。それくらいに始終、背筋がぞわぞわするのですよ。警察側であるウィルと真犯人の視点が交互に描かれるので、視聴者は犯人を推測するミステリよりも、その手掛かりから事件の真相に近づいていく過程を共に追うスタイル。しかしウィルとレクターの問答やら、夜闇に紛れてウィルが行う現場検証のシーンなどは、もうなんだかソワソワモキモキしてしまって見入りました。

「S.W.A.T」鑑賞。(☆☆☆)

2005年09月04日 16:14

 警察の特殊部隊、SWATチームが主人公。刑事が主人公の物語は数あれど、実はそれほどないのですね、SWATが主人公になることは。僕はてっきり梗概を読んで、逮捕された麻薬王の宣言、
「俺を逃がした奴には1億ドル払う!」
  ↓
「『元SWAT』の精鋭たちが麻薬王を脱出させる!」
 という破天荒でアンチ・ポリスティックな革新的サスペンス映画なのかと大層期待してしまったのですが、その意味ではとても普通で肩透かしを食いました(苦笑)。実行犯にもそれほど意外味がありませんで(主人公の元相棒が主犯だったり、隊員の中からも背反者が出るという、ある意味お約束)。ついでに言えば、あれほど銃撃戦が多い中で、最終的には一対一の殴り合いでするハリウッド的「決着」のつけ方も映画論敵にお約束ですね。まあここでだけ言えることではないのですが。
 なんだかんだで長丁場となっているためもあり、なんだかこう…、平泳ぎをするようなヴォルテージのイメージ。アクションサスペンス映画にある、「ドドドドドド(ゾクゾクゾク)」という山場が感じられなかったのでしょう、きっと。一本の映画というよりも、一つのドラマの中の小編を見るような感じです。

今日のフォト:「灯シリーズ」

2005年09月03日 16:19

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『妖魔なオレ様と下僕な僕・3』堪野道流、読了。(☆☆★)

2005年09月03日 15:18

 シリーズ第3弾。これまで随分しっかり「物語」を読ませてくれてたので、今回はちょっとばかりやっつけ仕事っぽい作りだったのが残念な感じです。折角書ける人なのに、どうしてこんなありきたりの「横恋慕と勘違いな嫉妬モノ」を書くことになってしまったのか…、というか、堪野氏の書きたかったのはイギリスでの「憑き物落とし」だったのだろうと思います。或いは編集の人に言われたんでしょうか。日本の妖魔なんだから舞台を外国に移したら面白いんじゃないですか? とか。だから全体の7割を消化した時点でいきなりイイ人で終わっておけばいいものを突然クリスが勘違い野郎になってしまったりするわけです。これは頂けない。司野と正路の仲もあっさり復旧するしね。なもので、そういう(横恋慕など絶対に有り得ないとハナから分かりきっているのだけれど)ドキドキ感は本作にはありません。
 本シリーズ、まだまだ続いているようなので、「妖魔と下僕」なBLサイドより「妖魔と僕」な現代ファンタジーサイドに重点を置いて読むだろうと予感する僕です。いや、ボーイズラブも現代ファンタジーだけどさ。

今日の一言

2005年09月02日 21:22

「元祖」より他に二番煎じでしかないものもなかろう。

「マッハ!」鑑賞。(☆☆☆)

2005年09月02日 21:04

 物語の方は斜め鑑賞。ノースタントノーCGノーワイヤーの活劇をバッシバッシ観ました☆ もう瞬きしたくなくなるアクションの数々で、大勢からエスケープするシーンなんか、軽業師じゃーん、とか言わないでくださいな。カットバックしてどんな動きがされてたのか二度三度、見せ直すのはどうかな、とも思ったのですけど。無駄のない動きは、時として綺麗ですよね。画面栄えして。闘拳のシーンって、撮ったシーンを早回しに編集するものが結構あるみたいで、へえ、と思ったものです。本作ではそれがないみたいで、またまた、へえ。
 ていうか、やっぱりですよ、

「D.Gray-man・3~5」星野桂、読了。(☆☆☆☆★)

2005年09月02日 20:10

 親愛、敬愛、寵愛、憎愛…、死者を現世に留めようと、或いは現世に呼び戻そうとする残された者たちの儚い思いが生み出すのが悪魔…、アクマであります。本作には幾つもの悲哀が描かれていて、意外と深層の心理描写が多いのも割と好きです。戦う主人公たちも常に(精神的にはさることながら、手負いという意味で肉体的に)傷付いているのが、実はありそうでない構図なのではと思われます。百戦錬磨を繰り返すのが、こうした「バトル」漫画の常であるのに、これはある意味、繊細さの裏返しではと推察。そして同時に主人公アレンが少年であるために、リアルタイムで「成長」しているのがまた興味深くもありますが。キャラクターはとても少年漫画であるのに、「少年漫画」であるだけでは勿体無い作画のクオリティもありますよね。凄いぞ星野氏。
 ほんの少しだけ闇の部分も見えました。千年伯爵がラスボスではなく、脚本と演出を担う策士の一人であることが判明して、そうこなくっちゃというところ。人間だがエクソシストの敵であるノアの一族…、イイですね、こういう構図も。

 ということで、デグレ。久方ぶりに漫画を読んでいてハマりを感じた作品であります。マトくんに言わせたら僕の好きな要素がてんこ盛りらしいので、なるべくしてなった感じ…、新刊が出たら買おうっと。

今日のフォト:「可愛さの基準・2」

2005年09月01日 22:55

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