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レヴュサイトの物真似

2005年12月31日 22:27

 今年のインタレスト。小説、漫画、映画からお勧めを一つずつ。
 小説→「扉は閉ざされたまま」石持浅海(感想
 漫画→「ハチミツとクローバー」羽海野チカ(感想
 映画→「SAW」(感想
 新作にあまり手を出さない人なので、既に高い評価を受けたものを改めて自分が見ている感が否めないのですが。しかし、これらは自己発掘による(つまり事前情報を得ないうちに見る&読むことが出来た)ことの楽しさ、喜びを感じることが出来て幸せでした。
  ***
 年越し本は「サウスバウンド」奥田英郎。
 年越し漫画は…、沢山あって書ききれません(笑)。
 年越し映画は…、「AKIRA」かな。
 年明けのドラマ「古畑任三郎」も見逃せませんね。
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「D.Gray-Man・7」星野桂、読了。(☆☆☆★)

2005年12月30日 21:07

 傷づき、傷つき続ける少年を描き続ける星野氏です。瀕死か死亡かという危機からの今巻の始まりは、死の望みからの半ば強制的な脱出と、少しずつ心身共に明らかに成長しているアレンくんの生きる糧(かて)をも描き始めているようです。

 以下ちょいネタバレ含む。
 読者にとってみれば驚きなのがミランダさん登場ですよ。確か彼女は当初はチャプタ・キャラクターに過ぎないはずがエクソシストの素質アリに昇格されたと星野氏も語っておりますし、タイミングとしては上々なのかもしれませんね。
 「時を戻すことにより、彼女の能力の及ぶ範囲内ではあらゆる傷(人物物質問わず)が修復される」というのは敵ナシなのではと思われるのですが、けれども「発動を解除すると全てが元に戻る」つまり「無敵状態」に負った傷は、必ずまとめて襲ってくる、という諸刃の予告でもあるのが恐ろしいところで、またそれは「回復の見せ掛け」とも呼べるという少年漫画らしからぬ巧さだと思われます。

D.Gray‐man 7
星野 桂著
集英社 (2005.12)
通常24時間以内に発送します。

今日の一言

2005年12月24日 22:46

 ミカンが嫌いなんじゃないんです。
 爪が黄色くなるのが嫌なだけなんです。

「生首に聞いてみろ」法月綸太郎、読了。(☆☆☆+★?)

2005年12月23日 22:28

 雑感。

 丹精に作りこまれたミステリ。トリック一点突破により思いがけず高い評価を得るミステリは多いのですが、本作は丁寧に隙なく書かれたことにより、小説として巧く出来ている。ミステリが小説として同時に機能している、と言い換えられるでしょうか。タイトルからほぼ全ての読者が想像出来るように、本作には殺害された被害者の「生首」が登場するのですが、連続殺人の被害者が皆、首と胴体に分断されていた、というような展開はないのです。それゆえに過剰な盛り上がりはなく、一読、割と淡々と事件は経過するような印象を受けました。
 事件の直前に被害者と知り合ったことが切っ掛けで「操作」を進める、探偵役である綸太郎(作者と同姓同名)の推理により、全く意外な犯人が浮かび上がるわけではないイメージが拭い去れないのは、本作のキモなのかもしれません。また今回の事件に関しては、彼の失策、失敗とまで言えずとも、もしかしたら事件を未然に防ぐことが出来たかもしれないチャンスを幾度も見過ごしてしまっている「探偵」の不甲斐なさが強調されていますが、これはミステリにおける「作者」と作中の「探偵」とのメタ的な関係を皮肉げに描いていると言えそう。更には、事件と直接には関係がないようにも思われていた、事件関係者の個人的な確執(喧嘩をしていた、という事実)が、実際には密接に事件の動機付けに結びついていた辺りを踏まえると、ミステリの精神を隠し持った小説、を装うことによって、周到に用意した伏線を最後まで見事に生かしきっていると言い切れるでしょう。
 多くのミステリ読みを唸らせた秀作。事件が具体化するまでが少し長いのですが、ぐいぐい読ませてくれます。勿論、何気ない描写の中にも伏線はいたるところに張られていて、そうしたところも手練を感じさせる一冊。

生首に聞いてみろ
法月 綸太郎著
角川書店 (2004.9)
通常24時間以内に発送します。

今日のフォト:「待つ、きみ」

2005年12月20日 19:40

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「こどものじかん・1」私屋カヲル、読了。(☆☆☆☆)

2005年12月20日 19:36

 雑感。

 いやはや、これはなかなか問題作。
 主人公は小学校の先生、受け持つクラスは3年生(つまり10歳)、けれどもクラスの問題児はとんだ「マセガキ」だった…、という、その「マセガキ」っぷりが常識を度外視しております。こんなにセクハラばっかりしていていいんでしょうか。小学生だから許されるのか。いやいやそんなはずはないぞ。イマドキの小学生って、もしかしたらそんななのかもしれない、とふと思ってしまいたくなるくらい、小中学生が登場すると読者がこっそりと含み笑いをしながら想像(妄想)する「描写」を、先回りして描いてしまっている作者の勝どきの声が聞こえてきそう。ついつい唸ってしまいそうな作品となっております。
 こんなことを描いたらエロ漫画に紙一重…、という印象がつい付いて回りがちな本作ですが、あながちそうも言っていられない。あまり真面目に読んではいけないのかもしれませんが、けれども真面目に読まなければいけない、子供に接するときに親身に考えるべき部分が、随所に見受けられました。僕たちは自分たちが「大人」であると思っているけれど、子供たちは意外に、自分たちが「子供」である、とは思っていない。それは大人が子供たちに、自分たちより弱いものだという認識をしているからです。それを「自覚」してしまった子供の中には、それがとてもとても気に食わないものもいる。子供たちの反乱は、そうしたところからも起こるのだと思うのですが…、閑話休題。
 全くの子供であるようでいて、けれどもその中には大人にはっきり近づき始める子もいる…、その自我がいよいよ「自分」というものをはっきりと認識し出す、10歳という微妙な年齢層の子供たち。どんなに大人ぶって見せても、「10歳」であるから「子供」であるしかない子供たちが描かれています。
こどものじかん 1
私屋 カヲル
双葉社 (2005.12)
通常24時間以内に発送します。

三田さん

2005年12月20日 19:26

 「サンタ苦労す」という駄洒落は昔からあったものだろうけれど、確かにクリスマス一日だけという視野で見れば、彼ほど忙しい一晩を送る勤労者はいないだろうと思う。なるほど、全世界の子供たちにプレゼントを運ぶ宅配業者、を想定してみれば、彼が以下に苦労をして宅配業務を請け負っているのかが想像出来る。彼のはきっと、その年に一晩限りの夜勤で、他の364日分の生活費を稼ぎ出すことも出来るのだろうと思って溜め息が出た。
 けれどもサンタって本当にいるの? と思う子供はかなりいると思うので、僕はサンタクロース氏に手紙を出してみた。ちょっと調べてみたら、メールアドレスがあったので、電子メールで。時代を感じさせる。
 以下に、サンタクロースからのメールの一部を。
  ***
 Thank you for a polite letter. I am Santa Claus.
 It is true Santa. You seem to have doubt in my existing, but "Santa Claus" is not a name of I individual.
 I call the general term of the people whom I distribute a dream to children, and progress with "Santa Claus".
 Children of the whole world are equal, and we Santa Claus is active as a purpose to be last in it being received self-regard without this is a part of the activity that an approved organization administers globally, and I being discriminated by poverty and wealth and a race.
  ***
 なるほど、彼は彼一人のみで世界中にプレゼントを配っていたわけではなかった。彼の親類などの係累が協力して業務に携わり、全世界に彼の業務を下請けする組織が蜘蛛の巣張りにネットワークを張り巡らせていたというわけ。サンタクロースがフィクションだと一笑に伏すことは、どうやら出来なさそうだ。
 なお、今日の日記の幾らかはフィクションです。

今日の一言

2005年12月18日 23:12

 今の「子供」は、「大人」になるには早過ぎる。
 今の「大人」も、「大人」を名乗るには未熟過ぎる。

ジレンマティック・リクルート

2005年12月18日 23:04

 ふと思い出したことがあったので覚え書き。
  ***
 就職活動中の、とある企業の試験のときのこと。
 いわゆるグループワークをしました。受験生(で言葉は合ってますよね)十数人が一部屋に集められ、数人ずつの幾つかの班に分かれて、指定された課題をクリアしていくもの。その内容は触れませんが、まあ、例えば…、手元に配られたカードの言葉を、互いが質問する(自分の持ち札しか知らないが、他の人のそれを直に尋ねてはならない)ことによって全員分解く、というような。
 その本課題の前に、受験生には番号が与えられます。会場に皆が集まったところで、試験官(企業の人事部の社員ですね)が、
「それじゃあ、まあ適当に一列に並んでください」
 と一列に並ばせます。そしておもむろに、一人に一枚、カードを配りました。それを見ると、数字が書いてある。そして試験官はカードには人数分の数字がランダムに書いてあると言い、「適当に」並んでいた受験生たちに、番号順に並ばせることを要求したのでした。出来るだけ早く。制限時間は60秒。
「それでは、スタート」
 号令と同時に、僕たちはまず手近な人に、
「何番ですか?」「何番ですか?」
 と聞いて回り、自分と隣り合った番号の人を探して、どうにか1分後にはそれらしい一列が出来上がりました。しかし半信半疑。ほんの60秒で、本当に番号順に並び終えられたのかは、実のところギリギリまであたふたしていたので疑問なのですが…、
「はい、それではグループワークに移りたいと思います」
 試験官はそう言うと、受験生の列を5人ずつに分け、グループワークの説明を始めたのでした。
  ***
 ふと気づいたことは、このなんでもない肩慣らしの「整列」に仕掛けられた「グループワーク」の意図。そう、これも試験の一環だったのです。これは見知らぬ他人同士がコミュニケーションを如何にとって整然と並ぶことが出来るか…、ということを試したのではない。
 これはリーダーシップを取ることが出来る人間を探していたのだ。
 誰が何番なのか分からない十数人の人間が、出来るだけ早くに一列に並ぶためには、その個人個人がそれぞれに「何番?」「何番?」と聞き回っていたのでは、効率がとても悪いのです。こういうときに一番効率が良いのは、
「ちょっといいですか! 1番は誰ですか?」
 と最初に声を出すこと。「1番」の人が名乗り出たら、
「2番は?」「3番は?」
 と全員に向かって順々に聞いていくのです。
「――15番。私が16番です。17番は?」
 そうすれば必ず60秒間以内に、自分を含め確実に全員を一列にすることが出来る。最も単純で、しかし明確。あの時、試験会場の部屋には20人ほどの受験生がいましたが、30秒もあれば完了したでしょう。
 今日、ふと、そんな「解法」を思いついて、そういうことだったのかと膝を叩き、少し悔しくなりました。人材を求める企業は、人をまとめる力を持つ新人を求めている。こういう発想の転換は、持っていて重要なことであると思われます。
 そういえばその後で行ったグループワークも、見方を変えればディスカッション的な要素が多分に含まれたもので、議長的な役目に自然と落ち着いた人を、試験官も注目していたように思うのです。当たり前の話だけれど、試験官は、与えられた問題を班が解けるかどうかは問題にしていない。彼らが見ていたのは、如何にしてその班が問題を解こうとするか、そのためには班の一員である者は、自分をどのような立場に据えて問題に取り掛かるか、という過程にあったのです。
 もう4年も前の話で、僕もまだまだだな、と思った次第。

今日の一言

2005年12月17日 21:36

 ミスタードーナツのロゴは、なんとなく、少し、怖い。
 ミスド・オフィシャルサイト

今日のフォト:「残氷」

2005年12月16日 20:41

 小川です。氷が融けきらず残っている。
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今日の一言

2005年12月16日 20:00

「おじさんつばを飲み込んで僕を美味そうに食べたのさ」
 あのおじさんは尻尾から食べる派だったのだね。
(ちょっとグロテスク?)

今日の一言

2005年12月16日 19:34

「そう言うと思った!」
 という突っ込みは、如何にも相手を小莫迦にしたような言い方だけれど、つまり当人も同じ事を考えていたのであって、人のことは笑えないと思う。

今日の一言

2005年12月15日 19:00

 「食べ物の恨み」って、個人的観測じゃない?

今日のフォト:「西日は映す」

2005年12月15日 18:57

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今日のフォト:「木枯らしを受けて」

2005年12月14日 19:41

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今日の一言

2005年12月14日 19:38

「ねえねえ、月が凄く大きく見えるよ!」
「どれくらい大きいの?」
「えーと…、2センチくらい?」

「MISSING」本多孝好、読了。(☆☆☆★)

2005年12月14日 19:26

 雑感。

 再々読。
 初期の本多氏はミステリらしいミステリも書いていたのだ、と思い起こさせる短編集ですが…、ちょっと皮肉かも。3度目ともなればミステリとしてのトリックなどは覚えているもので、ついつい伏線を探してしまうのですが、そんなところよりも小説としての面白さがやはりそこかしこに伺えていいですね。

 やはり本多氏はミステリよりも文学小説を書くべきだ。と思ってしまうのは、僕が本多氏の小説を読んでいて一番面白いのが会話シーンであるから。僕が一番お手本にしたくなる携帯を司っている。言葉の繰り返しや返事の繰り返しは、元来、小説では不要とされることが多い。分かりやすい文章を求めるのは大概の読者に当てはまるところで、まどろっこしい言葉の繰り返し(鸚鵡返し)や相槌の繰り返しは、「小説」としての作品の中では行数を稼ぐための装飾であるとすら思われかねない。けれども僅かなウィットに紛れさせて用いられる本多小説におけるそれらは、会話の端々に出現する直截的な意味合いを和らげ、意味深な言い回しを更に幽遠にし、「現実に起きたことを書いているのではない」小説を、小説らしくすることに一役買っているのではないかと思うのだ。
 本多氏の文章はよく、透明な文体だ、と言われることが多いけれど、それは文体ではなくて、本多氏の小説によく登場する一人称の主人公「僕」の語り方に所以することなのではないだろうかと僕は推察する。それは多く登場する「僕」という人物が、十把一絡げに共通した「僕」というキャラクター観の薄い語り部に過ぎないのではないか、とも思われかねないのだが、けれども、それは読者がその小説の主人公の視点に立ち物語を読み進む…、つまりは彼と共に「物語」を経験するのに最も適した導入となり得るようにも思う。透明な主人公の影に重なって物語の中で共に語り、共に考え、究極的には共に生きる…、という特性こそが、本多小説を読む読者の一番の楽しみではないかと思うのである。

今日の一言

2005年12月13日 20:17

 OKマーク(親指を人差し指でマルを作り、他の三本を自然に立てる)は、自分から見て「OK」なのであって、つまり他者にその意思を示すのには不十分ではないだろうか。

今日の一言

2005年12月12日 20:15

 昨年、一昨年、その前…、と日記を遡っていると、今よりも面白いことを書いていたような気がして仕方ない。ネタのストックをしているわけではないけれど、そう思うことは物書きとして致命的だろう。

今日の一言

2005年12月10日 21:17

 巨大掲示板「にちゃんねる(2ch)」。
 ダイヤルQ2みたいなものだと思っていた頃が懐かしい。

「しをんのしおり」三浦しをん、読了。(☆☆☆☆)

2005年12月07日 20:12

 雑感。

 日常的エッセイ。そのまま三浦氏の日常が綴られていくだけでも面白そうなのに、そこに三浦氏の「妄想」がビシバシ炸裂しているために、何か特殊なフィルタが掛かっているみたいに、普通のことが全く普通でないことのように思えてしまう。それは勿論、文学的な誇張表現が多大に盛り込まれているせいもあるのだけれど、それは「文学」ではないのです。考えていることはとても「今時の若者」なのに、何処か現世を悟った重鎮みたいな重々しい顔つきをして「そうなのだなあ」なんて言ってのける、天邪鬼でもないのに一見嘘臭く、同時にそれらは事実そのまんま。多重的に面白い構造になっているのは特筆すべきことでしょう。文学も書けるし文学のようなエンターテインメント(つまりそれは読者に媚びていない)も書けるのが三浦しをん。読んでいて面白い文章を書ける人なのです。

「DEATHNOTE・9」大場つぐみ、小畑健、読了。(☆☆☆★+★?)

2005年12月07日 20:05

 雑感。

 第1部終盤に怒涛のように展開した、あの悪魔めいた謀略(策略)が未だ見受けられず、それどころか後手後手に回るばかりで窮地続きのライトがもどかしく感じられます。けれどもそれは好意的に解釈すれば単純に緊張感が持続している。実は2部のライトはゆっくりと、でも確実に追い詰められているのは絶対的なことで、大場氏のプロットが当初からそのベクトルで進められていたであろうことは自明。正義か悪か、という二元論では計れない観念的立場に置かれる主人公ですが、この物語をどの方向に収束させるべきなのか、まだ作者陣が模索しているようにも思われます。もしかするとそれは既にずっと先まで設えてあって、奇跡と呼び得るような逆転劇がまた仕掛けられいるなのか、案外、第2部では表面的にライトがひたすらに追い詰められていく様ばかりが目に付いている(率直に言えば「冴えない」のですよね)ために、伏線を読者としての僕が見落としているためなのか…、思わせぶりなデスノートの使用法、つまり「約束事」が幾つも登場してきているので、もしかするともしかするのでしょうね。

 ジレンマティックな性質がいよいよ邪険に扱うのが難しくなってきたと思われた矢先の夜神総一郎、死亡!は、流石に驚かされる展開でした。主人公陣、どんな重要人物であっても、なかなか容赦しませんね、大場氏。

今日のフォト:「奇妙な9」

2005年12月06日 21:03

 太陽にレンズを向けて撮ったら、奇妙な9つの点が現れましたよ。
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忘れてもいい覚え書き

2005年12月06日 21:01

 ふと思ったことがあるので書いておこう。
 広島の女児殺害事件の筆頭容疑者。彼は母国においても女児にわいせつ行為を行い検挙された、つまり同種の犯罪にかかる前科の持ち主であり、まさに「彼がやったと思われる」という証拠も幾つも挙がっているらしい。コンロが入っていたダンボール箱の出所や、軍手を用いて指紋がつかないようにしていたこと、彼の居所が判明した際にパスポートと幾ばくかの現金を所持していて、それは国外に高飛びするためであろうと思われること…、等等。
 それにしては周到な用意に反して、彼はあっさり身柄を拘束されたな、という印象がある。そもそも、女児を殺害してダンボールに入れて放置しておいた、という発端が腑に落ちないのだ。女児に悪戯をしようとしたら相手が抵抗したから怒りにかまけて殺してしまった、のだとしたら、ダンボールに始まる証拠隠滅の説明が出来ない。彼は事の発覚を恐れて、それらの工作を行っていたのだろうと推測されるからだ。であれば、それが誰かの視線に触れればまず全てが公になってしまうダンボールは、人目のつかないところに可能な限り早くに持ち去らなければならないはず。しかし彼はダンボールを置き去りにしたまま、己の身柄の保身にだけ走ってしまったのだ。全く、この彼の行動はとても「中途半端」であり、同時に矛盾している。この不自然さが気になって仕方がない。
 だからここで、ふと思ったのだ。
 彼はスケープゴート(生贄の羊)にされたのではないか? この事件の裏には、第三者の存在は感じられないだろうか。彼は何か重要なことを隠していないだろうか。誰かをかばう? それとも、誰かに脅されて、罪を被ろうとしている?

 ミステリの読み過ぎかもしれないが、僕はとかく、腑に落ちないのだ。
(新聞もテレビもあまり読み込まないので、僕の持つ情報は断片的でかつリアルタイムの発信からはかなり遅れていると思われます。多分考え違いの考え過ぎなのでしょうけれど、違和感は違和感としてメモっておこうと思った次第)

「うさしくん・2」南野ましろ、読了。(☆☆☆)

2005年12月06日 20:13

 うさぎのうさしくんと仲間たちの、なんともほのぼのとしてゆるゆるでピースフルなショートショート集。南野氏のほんわかした絵柄がとても可愛い。山も谷もない代わりに心を痛く刺激する衝撃などと無縁の世界がある、読む人を優しい気持ちにさせる、良質の絵本みたいな本です。かといって子供騙しなことなどなくて、本質を突き詰めてみたならばなかなか鋭いところを突いている話もある。
 実は1巻がそうだったのですが、誰かにプレゼントするのにマル。

今日のフォト:「いい天気!」

2005年12月05日 20:49

 ポン・デ・ライオンの携帯ストラップ。
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「嘘猫」朝暮三文、読了。(☆☆☆)

2005年12月05日 19:21

 雑感。

 猫専門雑誌に掲載されるエッセイのような、口当たりの軽い、コピーライターであったかつての朝暮氏の自伝小説…、としても読める小説です。猫に密着していたことを確実に思わせる猫の生態や観察日記のような様々な出来事、そして擬人化の手前として表現されたアサグレ青年と猫たちとの会話。ほのぼのとして、けれども何処か切ないのは、出会いがあれば別れもあるアサグレ青年と猫たちとの生活が、割とあっさりと描かれているからでしょう。物語として作りこめば幾らでも話を広げられるのに、とつい読者の視点で考えてしまうくらいに、幾つもあるエピソードは(味気ない、と言うと言い過ぎの感がありますが)淡白に重ねられていきます。多分、これこそが、本書が朝暮氏の自伝小説であると思わせる一番の所以であろうと思われます。事実は小説よりも奇なり、とはよく言われることですが、事実は小説より表現を多く必要としない。何故ならそこには歴然とした事実があり、それを語ろうとするときには、その事実そのままを語ればそれで十二分だから…、そんなことを思うのです。猫たちがアサグレ青年についた嘘、或いは、嘘をついた、という形でわざと隠していた彼らの真意、本意をこっそり探ってみたくもなるのが読者の特権ですが…、本書に関しては、それらはどうやら不要であり、不問のものであるようです。

今日の一言

2005年12月04日 00:11

 「Lモード」って、覚えてますか?

今日の一言

2005年12月03日 23:17

 今年の流行語大賞も全く流行していない語が選ばれた模様。
「小泉劇場フォー!」
「想定内フォー!」
 食われますね。


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