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「モリログ・アカデミィ・1」森博嗣、読了。(☆☆☆☆)

2006年03月31日 23:59

 表面上、森氏は日記を書いているだけ。その中で日々、氏が思ったことを書いているだけなのですが、そこには主観の中に確固たる客観性があって、つまり当たり前の事を書いているだけなのにこうも感銘を受けてしまう自分の情けなさを再認識しますね。これまでの日記シリーズや「浮遊研究室」シリーズに連なるものがあって、読んでいてとても勉強になります。考えながら読んでしまう、という意味での、勉強ですね。

モリログ・アカデミィ 1
森 博嗣著
メディアファクトリー (2006.3)
通常24時間以内に発送します。
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萌え。

2006年03月31日 10:39

 萌え。
 たまに口で冗談混じりに言うこともあるけれど、(つい言っちゃった、という衝動的なものを含め)本心からで書いたり言ったりすることはなくなったな。ここ半年…、いやもっと前か。前は琴線に触れる可愛いものを見れば口にしていたものだけれど、そう…、電車男が映画化するよりも前だな。流行語大賞に「萌え~」がノミネートされては冷める一方ですね。大体日本の何処を探したって「萌え~」なんて実際に言ってる奴はいないっての(言ってる奴の隣にいたら恐怖にいたたまれず殴り殺してるかもしれない)。ニュアンスが明らかに違っていて、当時は滅茶苦茶ガッカリしたものです。その言葉の意味合いはともかく、言葉そのものを聞き取って認識することも出来ないのか現代のメディアは、と。今更な話ですが。
 爆発的に増えた「萌え」も、現実の様々なビジネスやメディアに適用されるのを見るとどれも全く萌えません。ドラマしかり、映画しかり、喫茶しかり、店員のメイドしかり。勘違いしてはいけないのは、幾ら高らかに「メイド喫茶」を名乗ろうとも、そこで働いているのはメイドではなくて単なるウェイトレスだということ。「メイド」の本質をのっけから見誤っている大多数の人々を誰が軌道修正するというのか、大本のズレを引き起こした「萌え」ブームに怖気が走ります。亜流のギャルソンカフェ(男の子が給仕をするホストクラブの喫茶版)があることを思えば、あくまで「綺麗な女の人、男の人とお茶したい」という欲求、遠まわしに言えば雰囲気を楽しみたいがための余暇でしかないわけで、それにより萌え萌え勘違いヤローが増えているのは憂いとしか言いようがない。興味本位から一歩でも進もうなら、それは全て言い訳なのだから。
 やはり一般に「流行」してしまうようになると既成の概念は面白くなくなる。今回のことに限りませんが、かつての様々なそれを思い起こせば明らかなように、「流行ほど早く廃れるものはない」ということだろうか。

「NEEDLESS・4」今井神、読了。(☆☆☆☆)

2006年03月30日 23:25

 いやはや、なんともトリッキーで面白いことになっています。逆転に継ぐ逆転で、バトル漫画としては凄く面白いことをしていると思われる。本作がそもそも必殺技の応酬であるために、新技、もしくは新キャラの投入でひとつのバトルが決着してしまうのがバトル漫画の定石であるところを、何度情勢が引っ繰り返ってもそこから隠し球が出てくる(いや、本巻の場合、本当に「隠し球」があるのだから、それを思うと爆笑です)。息もつかせぬとはこのことで、緊迫感がひっきりなし。その合間に挿入されるギャグがいい緩和剤になっていますね。そこに決して唐突でなく、如何にもなトリックの謎解きまで出てくるのだからたまりません。
 主人公のかつての仲間が(しかも2人も!)途中出場して危機を救うのには正直出来過ぎだと思わずにはいられませんでしたが、それがいい意味で話を盛り上げることになっているから許されるでしょう。戦える主人公勢が全員瀕死、イヴは洗脳されて敵となっている、という絶対的に絶体絶命の状況からどう引っ繰り返すのか、次巻の展開が滅茶苦茶気に掛かります。

NEEDLESS 4
今井 神
集英社 (2006.3)
通常24時間以内に発送します。

「プリンセス・プリンセス・5」つだみきよ、読了。(☆☆★)

2006年03月30日 23:16

 波乱万丈スクールライフにひとまずの終始点。次期生徒会長戦から、「姫」最後のお仕事まで…、うーん、消化不良。意外や意外、あの人があんなことをしてしまう驚きの一場面もあったり、あの人はあの人に絶対惚れ惚れだぜー、といらん勘繰りをしてしまいたくなる一面が飛び出してしまったりするのですが、物語的にはストレートな運び方。当然ながら、幾ら掻き回されようとも、約束された結論があってそこに向かうしかあり得ないのだから、読者の心情は盛り上がりはしませんよ。
 そして「姫」の3人ですが。…普通に終わってしまいましたよ。こんな役割があっていいのか生徒会役員「姫」をどうにか演じてきた少年3人組が、それでもなんとか1年の任期を終えて、ラストステージもこなしてみせるのですけれど…、ぶっちゃけ、何の波乱もありません。
 
 次世代の「姫」たちによる「プリプリ」セカンドステージがあるようです。つだ氏による新連載も始まるような感じ。本作ではその個人的な情報は全く見られませんでしたが、そのためのつつがない世代交代、という布石に終わった印象で、しかしあまりにあっさりとしていて読み応えがありませんでしたよー。とはいえ、幾ら「姫」降板と言ったって、現役時代に築いた(築かれた)イメージと人気は、その後の2年間も付いて回るはずで、亨たちが普通の学園生活を安穏と送っていられるとは到底思えませんけどね(笑)。

プリンセス・プリンセス 5
つだ みきよ著
新書館 (2006.4)
通常24時間以内に発送します。

 てゆか、アニメ化ってなんですかー!? それも27時10分からって(笑)。

「殲鬼戦記ももたま・1」黒乃奈々絵、読了。(☆☆☆★)

2006年03月30日 23:00

 諧謔的9歳児、陸奥九世。本書、このタイトルで冒頭にこのクソ生意気な少年が登場したら、大抵は性格最悪な桃太郎が主人公かと思ってしまうのですが、それが既に物語の騙りとも言えるミスリーディングだな、と思った次第であります。歴史的解釈をすれば、島(領土)に侵入され侵略を受けるという行為は戦乱の世には多くあったことであり、土地を逃れた者の末裔が世を経て島に侵入し反逆を企てる「逆桃太郎」もあり得るということ。つまり九世は鬼の立場であるわけです。ところが彼が潜入した島は、本物の鬼が右往左往する土地であり、「鬼」であるはずの九世にまで牙を向ける。
 まだ敵が誰で「桃源島」のある本当の目的も判明しておらず、当座の流れは島に現れる鬼を退治するための能力者育成のための学園伝奇モノとしての物語構成を保っています。三十九代目桃太郎を名乗る理事長を始め、島の者が見せる姿にはまだ「裏」はない。鬼退治は、まだ始まってはいない。

殲鬼戦記ももたま 1
黒乃 奈々絵
マッグガーデン (2006.3)
通常24時間以内に発送します。

「Vassalord.・1」黒乃奈々絵、読了。(☆☆★)

2006年03月30日 22:47

 ヴァンパイアとその眷属。けれども従者は聖職者でもあり、半機械の身体を持つヴァンパイアハンターでもある…。神を信じながら、死の淵から行き続けたいと願ったがために、悪しき者の血を吸わずには生きられない聖職者のジレンマ。この背徳的なバランスがたまりません。何処までも耽美にし得る設定なのですが、如何せん、血を吸う側が生身の男でないために、それは暴力的な意味合いが強く映る(レイフロに「鋼鉄の童貞」と呼ばれたアレは明らかに男根を意識していると分かるのですが、分からない人には分からない)。黒と白を目一杯強調させた黒乃氏の描くアクションシーンは真骨頂と言えるもので、その点は買い。「永い時を生きているから」で大抵が片付けられてしまう彼らの背景が今後どれくらい掘り下げられるのかが注目でしょう。

Vassalord. 1
黒乃 奈々絵著
マッグガーデン (2006.3)
通常24時間以内に発送します。

「セリヌンティウスの舟」石持浅海、読了。(☆☆☆★)

2006年03月29日 10:50

 「青酸カリを飲んで自殺した彼女の隣に転がっていた薬瓶の蓋は、何故閉じられていたのか?」というたったひとつの謎を軸に、彼女と運命を共にした5人の男女が語り合う。正味200ページの中に詰め込まれたロジックの応酬…、と書いてみたのですが、本書では過去に起きたひとりの人物の自殺の、そんな些細な疑問から、議論は始まります。そして作中起こる事件(あくまで、ミステリで言うところの「不可解な死」という意味での「事件」ですが)
は、そのひとつのみ。過去の出来事を詳細に掘り起こし、全容を明らかにしていくのが本書の試み。
 荒れ狂う海の上で手を繋ぎ、輪となって命を永らえた6人の男女。ほんの一瞬の共同体が「6人の輪という舟」による、他にはない連帯感を生み出した。その中で、ただひとり、海に「命を奪われた」女性が自殺をする…、単なる仲間意識を超えた仲間の死の意味が、そもそも非日常的な意識の共有に基づくものであるために、警察の科学捜査でもあっさりと自殺だと判断された、表面的には一般人の視点では何の不思議もない「生き続けることへの懊悩がさせた自殺」を、彼らは逡巡しながらも納得し、受け入れる。本作の語り合いは、疑惑から来るものではなく、あくまで「不審点を見つけたことによる疑問」なのです。
 彼女を信じるがゆえに浮かび上がってきた謎を解くことで、彼らにとって、それが彼女が自殺をすることで「舟」を壊し、面々を裏切る行為をしたのでは、という疑念を抱かずに、最後まで彼女を信じ続けることが出来たか、という試練であったことが明らかになる。読み進めるうちに(珍しく)僕もおぼろげながら真相(磯崎が協力者であり、謎を残した自殺がメンバを試す目的を含んでいた)に接近することが出来たのですが、この動機もまた、一概に即座の納得をするのは難しいように思います。読者は論議を交わす5人と共に、最後まで自殺した美月を信じることが出来るかどうかを試されているのだと読了後に気付くことが出来ます。ミステリを読み慣れた読者ほど、冒頭で疑問点を残した自殺体が登場する時点で、読者はそこに何らかの作為…、第三者が、完全犯罪としての「操り」を用いて彼女を自殺たらしめたのではないかという勘繰りを抱いてしまいがちなのですが、この思い込みは本書の謎解きをする上では絶対のタブー。それほどの「共感」を「他人」が得ることは出来るのだろうか(磯崎は協力することを決めた時点で、己も彼女の後を追うことを決意していたのでしょう。むしろ、その起こりは二人同時であったと言ってもいいと思う。読了後に思い返せば、普通なら「そんな些細なことが気になるのか」で片付けられる、瓶の蓋を始め数々の疑問を提出したのが彼である、というのが全てを示していますね)、という疑問は勿論、人は他人をそこまで絶対的に信じることが出来るのだろうか、とつい思ってしまうのは、本書が果たして「人間を描いているのか」というミステリを語る上でのひとつの命題をも指し示しているようで、「誰もが誰もを疑わないミステリ」も描き得るのだろうかと、少々興味深いですね。

 本書の殆どが、ひとつの死に対する、小さな疑問の検証…、クエスチョンとその答え、オブジェクションとその反論、の重ね合いであるために、紛れもないロジック一本主義のミステリがまどろっこしいと感じる人には不向き(僕はロジックで「詰める」ミステリが好きなので、石持氏の評価は高いのですが)。けれども可能性をひとつひとつ、本当に細やかなところを突き詰めていく全編「推理」の一冊。「舟」の面々に共感を覚えるほどに切ないラストには頭が下がります。

セリヌンティウスの舟
石持 浅海著
光文社 (2005.10)
通常2-3日以内に発送します。

「アイルランドの薔薇」石持浅海、読了。(☆☆☆☆)

2006年03月28日 21:55

 吹雪や台風などで外部との交流が物理的に絶たれることにより、容疑者が限定される中での殺人劇が、いわゆる「クローズド・サークル」「嵐の山荘」と呼ばれるものです。本書においては、南北アイルランド問題による政治的葛藤から、殺人事件が起きた山荘の泊まり客がその場を離れるわけにはいかなくなるという、心理的に外界から隔絶された舞台。偶然にその地を訪れた者たちが、少しずつ事件の真相を焙り出していくロジックの応酬…、本書の大部分を占めるディスカッション。可能性を一つ一つ検討していくと、どうしても犯人の存在のおぼろげな像しか浮かばない。意外な犯人と、その動機。石持氏のミステリは、どうも…、独創的と呼ぶと言葉に過ぎる感があるのだけれど、奇抜なアイデアで読者の常識の範疇というか、思惑を突き抜けるきらいがあって、真相を知ったときに受ける衝撃はなかなか。
 読む人によっては、登場人物の描写が幾分薄いものになっていることに不満を覚えそうなのですが、これはある程度は…、仕方ないのかな、と思うのですけれどね(殺し屋「ブッシュミルズ」の正体を始め、本書の人物の多くが、身分や過去を隠す嘘を抱えて登場するため)。本書における「犯人探し」は、殺人犯人が誰なのか、であると同時に、殺し屋「ブッシュミルズ」が誰なのか、というところにも注目が置かれるところです。それゆえに読者の疑念の視線は登場人物全てに等しく注がれるため、無意識のミスリーディングが派生する。探偵役を担う日本人学者のフジはその存在を知らずに事件の推理を進めることになるのですが、最終的にはその正体にまで肉薄する。本人はこじつけだと言ってはばからないのですが、更に明かされる「舞台裏の役者の存在」まで出てくると、ミステリ読みとしては笑みを隠さずにはいられません。とかく、後から思えば全編に渡り伏線が張られていました。
 本としてのヴォリュームはあっさりとしていて物足りないくらいなのですが、その分、みっちりと詰め込まれたロジック主体のミステリとなっています。

アイルランドの薔薇
石持 浅海著
光文社 (2004.9)
通常2-3日以内に発送します。

今日の一言

2006年03月27日 09:36

「好き・嫌い」ではなく「スキ・キライ」というニュアンス。

「女王様と私」歌野晶午、読了。(☆☆☆★)

2006年03月26日 22:06

 引きこもりのオタク男性、真藤数馬が主人公のミステリ。この「引きこもりのオタク男性」が、物凄くリアルなのですよ。ある意味ではステレオタイプなのだけれど、それがデフォルトで通じてしまう日本はちょっと、怖い。どうでもいい話のディテールに凝るのは、如何にも「オタクらしい」。そんな片鱗が伺えるのが、それゆえに、ミステリとしてのミスリードに一役買っているのかもしれない、と思います。ひょんなことから出会った高飛車な「女王様」が、彼の命運を大きく変えることになるのですが…。
 物語の構造に関しては、「歌野氏がまたやってくれた!」と笑みを浮かべたくなるくらいに巧いことをしてくれているけれど、個人的には快哉を叫ぶほどではない(読者の想定内に納まるな、という意味で)。中盤、数馬が殺人犯人として警察から疑われ絶体絶命に置かれるくだりなど(それこそロジックを信じる限り、これ以上ないくらいの窮地)は、もうそこからどうやってその窮地から逃れ得るのか、とドキドキワクワクしてしまいましたが、そこで劇中の事件が全て数馬の妄想劇であることが明かされて、思い切り鼻白んでしまいました。これは…、本当に、どうなのだろう。
 そんな「設定」を持ち出してくるのだったらと、僕はその中盤で、真犯人は数馬の「妹」である人形の絵夢なのではと当たりをつけました。探偵の助手役として数馬の近くにいながら、「彼女」には実は微妙にアリバイがないように思います。人形でありながら実は行動が出来た、という「設定」が発動している以上、彼女は暗躍することが出来た。連続殺害犯人たる動機は…、「おにぃちゃん」を自分だけのものにするため。まるで女王様然として数馬をもてあそぶ来未が気に入らなくて殺した。睡蓮の花言葉「純愛」もそのまま当てはまる。タイトルもそのものズバリであるし、表紙に至ってはまるで二次元のイラストが絵夢のイメージに当てはまるように思ったのですが。これが真相だったらアンフェアすれすれじゃん、とも思ったけれど、はてさて。
 こんな突飛な推論が浮かんでしまうくらい、読む人によっては卑怯だと思わずにはいられない構造をしています。こんなミステリがあっていいのだろうか。しかし…、どんな真相であったとしても、中盤で「真藤数馬のめくるめく妄想」の意味付けがなされてしまう以上、「全ては彼の妄想だった」で片付いてしまうから、どうにも後半は脱力。リーダビリティは減速してしまいます。最後の最後で明かされる「真相」も、確かに衝撃的ではあるのですが、肝心の事件が数馬の妄想に埋もれてしまう形になっているために、後付けの感が否めない。或いは、歌野氏が本作で一番に仕掛けたかったのは、そういう「構図」だったのかもしれないですね。けれどもパズラーとして作中の連続殺人自然の謎解きは意外とフェアな点を突いてくるのは確か。
 いわゆる「事実は小説よりも奇なり」。とてもとても皮肉ではありますが、本作にはこの言葉が良く似合います。

女王様と私
女王様と私
posted with 簡単リンクくん at 2006. 3.26
歌野 晶午著
角川書店 (2005.8)
通常24時間以内に発送します。

「狂乱家族日記 弐さつめ」日日日、読了。(☆☆☆)

2006年03月26日 17:59

 八月二日は新婚旅行の日です。全知全能(本人談)の全身全霊破天荒丸出しネコミミ人外凶華様によると、そういうことらしいです。そういうことで、始まりも滅茶苦茶ながら終わりも滅茶苦茶な新婚旅行。家族揃ってハネムーン。そこは狂乱家族、一筋縄で終わるはずはありません。ということは読者も承知の上だから、日日日氏もテンション上げまくりで物語を推し進めていますね。
 しかし…、読み終わってみれば、あれだけ派茶目茶しているのに、前作と比べたら著しくトーンダウンしてしまっているのはどうしてだろう、と思うのですが…、やはりあの独特の「読者様、散々聞き苦しくて申し訳ありません、なんて絶対に言ってやらねえ」テンションがパワーダウンしているためでしょうか。
 誰がどう見ても今のところ閻禍の最有力は月香ではないかと疑念を持たせるのが本巻の役目のひとつであるようにも思うのですけど…、どうなのでしょうね。

狂乱家族日記 2さつめ
日日日著
エンターブレイン (2005.8)
通常2-3日以内に発送します。

今日の一言

2006年03月25日 10:49

 そんなこと、したこともないのに、
「この人はセンスがある」
 だなんて偉そうに言うな。

今日の一言

2006年03月24日 23:50

 痛みを感じて「痛いっ」と言えるうちはまだ日常的。
 純粋な苦痛を感じたとき、人は生命の危機から感覚そのものを遮断する。

「哀しみキメラ」来楽零、読了。(☆☆☆)

2006年03月24日 23:49

 珍しくタイトル買いした一冊。
 人外のモノと人間との狭間で揺れる青年たち。危機感の描写が少し薄いような印象…、非人道的、非現実的な力を得始めることへの不安感が、「人間離れ」をすることに伴って普通でなくなっていくように感じ出す過程が、ちょっと怖い。
 トゥルーエンドは必ずしもハッピーエンドとは限らない。

哀しみキメラ
哀しみキメラ
posted with 簡単リンクくん at 2006. 3.24
来楽 零〔著〕
メディアワークス (2006.2)
この本は現在お取り扱いできません。

「非在」鳥飼否宇、読了。(☆☆☆)

2006年03月23日 09:02

 孤島の殺人事件と、それを綴った手記。素人探偵の実地見聞と、手記の解読。割と読者の視線を掻い潜るテクニックを見せているのだと思うけれども、一読、真相を知って膝を叩きたくなるような快感には至りませんでした。再読に楽しみが沢山転がっているタイプのミステリ。
 タイトルの「非在」が巧く生きていますね。

非在
非在
posted with 簡単リンクくん at 2006. 3.23
鳥飼 否宇〔著〕
角川書店 (2005.8)
通常2-3日以内に発送します。

「シナオシ」田代裕彦、読了。(☆☆☆★)

2006年03月18日 09:34

 うは…、これはまた複雑なプロットを組んできたものです。整合性云々を厳密に粗探しするより、よくぞこんな繋げ方をしてみせたものだと感嘆してしまう。どうあっても読者が検討を付けて読んでしまう本線に、思いも寄らないところから真相が告げられます。
 「キリサキ」と並べて読むといい感じ。

シナオシ
シナオシ
posted with 簡単リンクくん at 2006. 3.23
田代 裕彦〔著〕
富士見書房 (2005.12)
通常24時間以内に発送します。

「SAW2」鑑賞。(☆☆☆☆☆)

2006年03月17日 17:35

 「1&2」のツインパックを購入しました。2を映画館で観ようか散々迷って結局観なかったため、今回滅茶苦茶楽しみにしていたので1秒たりとも画面から目を離さずに観た次第。エンドロールで大喝采。

 遅効性の毒ガスにより、タイムリミットが2時間と定められた館からの脱出劇。解毒剤の手前にある数々の「罠」が発動したときの、観ていて痛々しいことこの上ないのは前作に並び、前作を凌ぐものばかり。映像の演出もさることながら、肉体的な痛さばかりでなく、なんだか精神的に凄くクるのですよね。心理的に巧いところを突いてくるなあ、とひーひー言いながら観てました(本当)。幾らか「囚人者」たちが罠に自らはまりこんでいくように見える場面も見受けられましたが、これは「ジグソウ」の誘導があったとみなすべき…、でしょうね。少し無理があるかな。
 前作を超える衝撃、との煽り文句は伊達ではありません。けれども前作が斧で首を切り落とされるような一瞬の大きなインパクトだったのに比べたら、散弾銃で真正面から撃たれるような、数々の真相が大きな衝撃を生み出す、といった印象を受けた次第。しかし練りに練られた全体の構図は完全に白旗です。

 *以下、完全にネタバレしています。本編をご覧になっていない方は、どうか見ないでください。物凄くお勧め映画ですので、観た人だけ興奮を共感してくださいな。

[「SAW2」鑑賞。(☆☆☆☆☆)]の続きを読む

「キリサキ」田代裕彦、読了。(☆☆☆★)

2006年03月17日 09:00

 こういう騙され方ならしてもいいと思う。予想外でした。
 「サイキック・サスペンス」の謳い文句を見て読み進めていくと意外な形で提示される「タイムパラドックス」的真相。これがまた強烈な不意打ちで、きっちりと冒頭と結末がリンクしているのだから凄い。
 本編にはあまり関係のないことかもしれないけれど、表紙の娘の服が彼女の通う高校の制服だと知ってカルチャーショック。あれはないだろう、幾らなんでも。本書の一番のツッコミどころはそこなのではと思う。レーベルの制約として仕方ないのだろうか。

キリサキ
キリサキ
posted with 簡単リンクくん at 2006. 3.23
田代 裕彦〔著〕
富士見書房 (2005.2)
通常2-3日以内に発送します。

今日のフォト:「梅花」

2006年03月16日 09:32

 そろそろ満開、梅の花。
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 これはなんていう花でしたっけ。沈丁花?(違う!)
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「生ける屍の死」山口雅也、読了。(☆☆☆☆)

2006年03月16日 09:25

 物凄いペダントリィ。最初から最後まで死、死、死。
 死生観というより、死死観、と呼ぶべきか…。
 初出から15年を経てなお、前代未聞の死者が探偵役を務める本格ミステリ。SFだとしか思えないのに(実際、本書は紛うことなきSFミステリなのだけれど)、その世界でのルールがきっちりと読者に叩き込まれることで、すんなりと理不尽で不自然過ぎる世界観を受け入れることが出来るのは奇妙としか言いようがないのだけれど、それがある意味、本書を誰も超えることが出来ない一線を超えてみせた本格ミステリとしての地位を築いているのかもしれないとすら思った。

生ける屍の死
生ける屍の死
posted with 簡単リンクくん at 2006. 3.23
山口 雅也著
東京創元社 (1996.3)
通常2-3日以内に発送します。

今日のフォト:「トウコウキ」

2006年03月15日 17:53

 夜の道路を照らす投光器。
P3112098.jpg

 カメラのレンズがやられてしまう不安感を共に。
P3112100.jpg

 期せずして色違い。
P3112102.jpg

「飾られた記号」佐竹彬、読了。(☆☆)

2006年03月14日 09:22

 佐竹氏本人が言及していますが、森博嗣氏の影響を受けている…、というよりは、残念ながら全編に渡り模倣的な印象を拭えない。森博嗣を知る人は十人中十人が「森博嗣じゃん」と思うはず。唐突に出現する詩的パラグラフ。森博嗣みたい、ではなくて、森博嗣の真似じゃん、なのです。これは致命的。佐竹氏がそれで満足しているのだから困ってしまいます。例えそれが佐竹氏の言うように雰囲気作りに過ぎないリスペクトなのだとしても、実際、後書きなんかで言っちゃあ駄目ですよ、プロの作家として。
 あと僕は本作一番の特徴である「情報場」が殆ど理解出来ませんでした。これって特定の知覚を特定の相手に認識させられる、という超能力なわけだから、詐術のし放題だと思うのですけれど…。人物を視覚から消してみせたり、映像を三次元的に映し出せる(匂いも再現出来る!)なら、アリバイトリック作り放題じゃないのかと。そもそも無機的な物体のみならず、干渉される側の「場」が干渉する側に逆に浸食してきた場合、「情報場」を展開して精神感応を行うという現象を鑑みると、倫理的にも物凄く危険なことではないのかと思うのだけれど…。

飾られた記号
飾られた記号
posted with 簡単リンクくん at 2006. 3.23
佐竹 彬〔著〕
メディアワークス (2005.6)
通常2-3日以内に発送します。

「両想いの確率論」夏乃あゆみ、読了。(☆☆)

2006年03月14日 09:19

 やっぱり夏乃氏は「イラストレーター」だと思うなあ。
 絵は綺麗なのだけれど、物語に深みがないように感じられて仕方ありません。言い方を変えれば、まどろっこしい。語り尽くされたテーマを描くことが悪いわけではないし、描く人によって描き方も異なってこようというもの、本書に関しても、夏乃氏ならではの感情表現、情景描写などが見栄えて映ります。けれども…、その先が感じられない。普通過ぎるんですよね。多分、期待を掛けているのだと思うけれども、つまりは物足りないのです。

両想いの確率論
夏乃 あゆみ
徳間書店 (2006.2)
通常24時間以内に発送します。

「海の底」有川浩、読了。(☆☆☆☆)

2006年03月11日 14:56

 海から上陸し人を襲い出した巨大ザリガニ「レガリス」と人との戦い。本格「怪獣モノ」であると同時に、少年少女たちの成長物語である。冒頭から興味を惹き付けて止まない「誰かを守るための死」。自衛隊の戦力を投入すれば一網打尽、全く敵にならない「脅威」に、しかし自衛隊が「自衛隊」であるために政府が手を出せず、現場でやきもきする機動隊…、警察の面々の駆け引きが熱い。
 「海の底」というタイトルが、「海の底からやってきた巨大生物」というだけの意味であって、僕はてっきり、潜水艦で海底の親玉と決闘をするのだと期待してしまっていたので、その点でだけ肩透かし。ううん…、誰でも思うだろうな、これは。

海の底
海の底
posted with 簡単リンクくん at 2006. 3.23
有川 浩著
メディアワークス (2005.6)
通常24時間以内に発送します。

今日のフォト:「クリアディスク」

2006年03月09日 18:07

P3062069.jpg

 こんなものをもらいました。透明なCD。実装不可ですが、面白い。
 ちなみに、このヒヨコは中が御香立てになってます。背中から煙が出るの。

「ファントムの夜明け」浦賀和宏、読了。(☆☆+★?)

2006年03月08日 09:37

 個人的に浦賀氏は非常に狡賢い手口を使ってくる作者だと思っているので(アンフェアなのではなくて、憎い演出を用いる)、今回もあまり読後感は良くなかったのですが、それはそれで想定内。頭の中で話し相手を作って様々に耽る描写から始まって、死者の声が聞こえるようになっていく件では、流石にミステリじゃなくてサイキックな「ミステリー」にしてしまうのかと油断していたら、ラストで足払いを食らわされました。気づかぬうちに大事なところから目隠しをされていた気分。

ファントムの夜明け
浦賀 和宏著
幻冬舎 (2002.12)
通常2-3日以内に発送します。

今日の一言

2006年03月07日 23:04

 pya!に投稿して掲載されました。(o´艸`o)

「天国の扉」篠原一、読了。(☆☆)

2006年03月07日 09:36

 再読。5年くらい前に図書館で2、3度借りて読んで、本屋で見かけたら購入しようと思っていたものを、ようやく見つけて手に入れました。本書の核を為すものは「死」。これに尽きます。生と死、という二元論ではなくて、ただ、「死」。始まりも終わりもない。作中に言及されているように「そこに極まった」ものとして描かれているのであろう死が何もかもを物語っているのでは思うのですが…、消化不良。
 強引な論理ではあるけれど、本書を読みながらふと思ったことを。人が生き、死ぬまでに、体験し、自覚することが出来ないものがふたつだけあります。それは、己が生まれ出でる瞬間と、死に絶える瞬間。命の始まりと終わり、このふたつの瞬間だけは、体感することを認識出来ない。生きるということと、死ぬということ。これらを自覚している当人は、既にこの世に生きている。「既に生きてしまっている」以上、このジレンマティックな欲求を満たすためには、人を自らの手で生み出すか、或いは…、他者を殺めるか。ここで選択肢が生まれてきます。生むことは出来ずとも、殺すことは出来る。人が死ぬ、ということを「自覚」出来るひとつの方法が、人を殺す、ということなのです。未だこの世に生まれていない者は、その思考が存在しないのだから「生まれたい」とは思わない。一方、この世に生きる者の中には、「死にたい」と考える者がいる。ここに、需要と供給が発生する…、本書で描かれていることは、そういうことなのではと思うのです。これが異常であることは誰の目にも明らかなことなのですが、それを半ばタケイに科せられた「しなければならないこと」として描くことで、「生命が極まった」と認識させる。生と死、という二極の一方が、確かにここにはあるのです。
 けれども…、殺人の是非、人を殺すというのはどういうことか、という本質的なものが、本書には書かれてはいない。どれほど他者の死を作り出しても、己の死ではない以上、その行いには終わりなどない。ただひたすらに、「死」を客観的に生産するのみでしかないわけです。背反教師としての物語を、本書から読み取ることは出来ないですし、篠原氏もそんなことは書こうとはしていないと思われます。ただ純粋な殺人。タケイによる諦めにも似た無感情な、無機質な「殺人」を描く一方で、人を殺すことに興味を覚えていた橡子が、独断で死を望む者の願いを聞き届ける、という「殺人への欲求の独り立ち」を描く。人は生から逃れられないし、同時に死からも逃れられない。生きる者はすべからく死に続けている、とはよく言ったもので、それが究極的には他者によりもたらされる早いか遅いかの違いくらいしかない。生きることを諦めることは死を望むことと必ずしも同義ではないけれど、「死に臨む」つまり人の死に直截的に立ち会う姿勢が、己の生とは結びつかないことは、人が生き続ける上での指針にはなり得ないという事実がここにはあって、生きるということはどういうことなのだろうかと考えずにはいられなくなりそうです。

天国の扉
天国の扉
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篠原 一著
河出書房新社 (1998.4)
通常2-3日以内に発送します。

今日のフォト:「ダイス」

2006年03月05日 17:18

 100均でサイコロ買ってきました。写真撮るためだけに。
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 30個のダイス。イイね。
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 全部表を1にしてみたら、凄く怖い。全部6にしたら、きっともっと怖いので止めた。
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「MOMENT」本多孝好、読了。(☆☆☆☆)

2006年03月04日 10:24

 幼馴染みの葬儀屋、森野が紹介してくれた病院で清掃員として働く青年は、その病院で死を目前にした患者だけが耳にする、死ぬ前に願い事を一つだけ叶える黒衣の男の話を聞く。青年は思いがけないことからその仕事を引き継ぐ。

 文庫にて再読。病院でアルバイトの掃除夫をする大学生、神田が主人公の、連作短編集。透明な文体だと評される本多氏の小説は、やはり半透明な液体が静かに動かない様子を表しているようだと思う。
 己の死を視野に入れている患者の依頼を引き受ける青年。やがては、彼らの死を見届けることになる彼…、確かに神田が数々の依頼人の願いを聞き届けていることには違わないのですが、その結果、依頼人を救うこと足りえているかというと、必ずしもそうではない。死を間近に見据えている者の願うことは、もっと生きたい、と切実に思うか、或いは、その病が身体の多くを蝕んでいるのであれば…、いつまでも蛇足のように行き続けるよりも、自分の希望する時機の死を請う可能性もなくはないと言えるでしょう。だから、レトリックとしては「死神の探偵小説」。
 ミステリとしても読める本書、なかなか意外なところを突いてくる「必殺仕事人」の噂の着地点と、最後の最後に神田が取った行動。静かに、静かに読者を包み込む戦慄と、そこからそっと解放する優しさ…、或いは、優しさに見せ掛けた、単純な静謐。病院という舞台で描かれる物語が、全て生への希望を呼び掛ける温かいばかりの人情を描いたものではないことは想像に難くはないのですが、これがそのまま、本書の裏側の舞台の在り処を神田に、そして読者に囁き掛けることになっています。
 厳密に言えば、ミステリとしての謎解きには相応しくない真相が本書にはあります。医師による患者の安楽死…、俗に「尊厳死」とも呼ばれるものですが、五十嵐医師は合法的にそれを行っていない。それは彼の安楽死に望むスタンスが物語っています。彼の口にした「殺してあげている」はとても頂けません。もしも彼が善意でそうしているだけであったとしても、「死なせてあげている」ならまだしも、「殺してあげている」はいけませんよ。この台詞だけで彼は善から悪の領域へと踏み込んでいる種類の人間だと分かってしまいます(だから本多氏は知っての上でのニュアンスを込めたのだと思われる)。彼の行為によって「必殺仕事人」という噂が病院内に流れることになったわけですが、「黒衣の男」の噂の正体が、白衣を纏った医師であるだなんて、全く皮肉でしかないわけです(「必殺」仕事人、であるわけだから)。安楽死が正しいかそうでないか、という議論に関しては、倫理的なもの、刑法的なもの、等、様々な問題点が絡んでくることなのでここで議論を持ちかけるようなことをしませんが…、生と死が裏返しの場と言えば、戦場か病院かのどちらかだ、というくらいに、病院というのは死と生が背中合わせに存在する場だと思います。それは白と黒、という二つの色にも似ていて…、果たして「白」が善、「黒」が悪だとは誰にも決められないのですが、実際に善の立場で有り続けられることを求められる医師が、例え本人にその医師がなかろうとも、悪だと認識されかねない行為を働くことは、それ自体が悪の意志に基づくことなのではないのかと思ってしまいます。その「願い」が患者本人の意思によるものであっても、だから、尚更「殺してあげている」はおかしな論理であるだけでなく、それが「殺人」であることを認識させる。本書の意味はこの一箇所に収斂するように思われます。

MOMENT
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posted with 簡単リンクくん at 2006. 3.22
本多 孝好著
集英社 (2005.9)
通常2-3日以内に発送します。


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