「青酸カリを飲んで自殺した彼女の隣に転がっていた薬瓶の蓋は、何故閉じられていたのか?」というたったひとつの謎を軸に、彼女と運命を共にした5人の男女が語り合う。正味200ページの中に詰め込まれたロジックの応酬…、と書いてみたのですが、本書では過去に起きたひとりの人物の自殺の、そんな些細な疑問から、議論は始まります。そして作中起こる事件(あくまで、ミステリで言うところの「不可解な死」という意味での「事件」ですが)
は、そのひとつのみ。過去の出来事を詳細に掘り起こし、全容を明らかにしていくのが本書の試み。
荒れ狂う海の上で手を繋ぎ、輪となって命を永らえた6人の男女。ほんの一瞬の共同体が「6人の輪という舟」による、他にはない連帯感を生み出した。その中で、ただひとり、海に「命を奪われた」女性が自殺をする…、単なる仲間意識を超えた仲間の死の意味が、そもそも非日常的な意識の共有に基づくものであるために、警察の科学捜査でもあっさりと自殺だと判断された、表面的には一般人の視点では何の不思議もない「生き続けることへの懊悩がさせた自殺」を、彼らは逡巡しながらも納得し、受け入れる。本作の語り合いは、疑惑から来るものではなく、あくまで「不審点を見つけたことによる疑問」なのです。
彼女を信じるがゆえに浮かび上がってきた謎を解くことで、彼らにとって、それが
彼女が自殺をすることで「舟」を壊し、面々を裏切る行為をしたのでは、という疑念を抱かずに、最後まで彼女を信じ続けることが出来たか、という試練であったことが明らかになる。読み進めるうちに(珍しく)僕もおぼろげながら真相(
磯崎が協力者であり、謎を残した自殺がメンバを試す目的を含んでいた)に接近することが出来たのですが、この動機もまた、一概に即座の納得をするのは難しいように思います。読者は論議を交わす5人と共に、
最後まで自殺した美月を信じることが出来るかどうかを試されているのだと読了後に気付くことが出来ます。ミステリを読み慣れた読者ほど、
冒頭で疑問点を残した自殺体が登場する時点で、読者はそこに何らかの作為…、第三者が、完全犯罪としての「操り」を用いて彼女を自殺たらしめたのではないかという勘繰りを抱いてしまいがちなのですが、この思い込みは本書の謎解きをする上では絶対のタブー。それほどの「共感」を「他人」が得ることは出来るのだろうか(
磯崎は協力することを決めた時点で、己も彼女の後を追うことを決意していたのでしょう。むしろ、その起こりは二人同時であったと言ってもいいと思う。読了後に思い返せば、普通なら「そんな些細なことが気になるのか」で片付けられる、瓶の蓋を始め数々の疑問を提出したのが彼である、というのが全てを示していますね)、という疑問は勿論、人は他人をそこまで絶対的に信じることが出来るのだろうか、とつい思ってしまうのは、本書が果たして「人間を描いているのか」というミステリを語る上でのひとつの命題をも指し示しているようで、「
誰もが誰もを疑わないミステリ」も描き得るのだろうかと、少々興味深いですね。
本書の殆どが、ひとつの死に対する、小さな疑問の検証…、クエスチョンとその答え、オブジェクションとその反論、の重ね合いであるために、紛れもないロジック一本主義のミステリがまどろっこしいと感じる人には不向き(僕はロジックで「詰める」ミステリが好きなので、石持氏の評価は高いのですが)。けれども可能性をひとつひとつ、本当に細やかなところを突き詰めていく全編「推理」の一冊。「舟」の面々に共感を覚えるほどに切ないラストには頭が下がります。
石持 浅海著
光文社 (2005.10)
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