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今日のフォト:「増刊茨城紀行・おまけ」

2006年04月29日 22:51

 県立博物館より。
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 後ろに双眼鏡みたいなレンズがついていて、それを覗くと猫の視界を体験することが出来るのです(暗くて焦点が近くにあった)。そしてその体験者を撮ったのがコレ…、爆笑。怖い。
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擬人化

2006年04月26日 21:30

 猫や犬を擬人化してイラストを描く、というのは、萌えの定番であります。いわゆる猫耳。獣耳とも言いますね。猫そのままでも可愛いのに、これが美少年や美少女に置き換えられて可愛く描かれる。これは確かに可愛い。リアルな世界の住人としては、それを三次元に適用させると途端に萌えどころかグロ指定が微妙に入ってくるのが常なのですが、それはさておき…。
 猫の擬人化を例に挙げましょう。少年少女に猫耳をくっつける。簡単な話、これだけで猫の擬人化少年の出来上がりです。猫耳さえ巧く描ければ、誰でもお手軽に出来る擬人化。人間耳を描くか描かないかで、2種類の擬人化が出来ますが(「猫耳のみ」「猫耳+人間耳」)、本日提起する問題は、その一歩先。彼または彼女に人間の言葉を話させるときに、その口調をどうするか、ということなのです。擬人化ですから、人間の言葉を話すのはこの際、問題ない。僕が異を唱えたくなるのは、安易な「猫の擬人化」であることにより、彼または彼女の喋る言葉の語尾に「ニャ」がつけられるところにあるのです。これが可愛くない。可愛くないんだ。可愛くないんですよ。猫だから「ニャ」。猫の考えていることを推量して「ニャ」をつけて楽しむ、というのは構わないと思います。だってそれは猫だから。しかし、ここで描かれている少年少女は、確かに猫なのだけれど猫ではないのだ。だったら、人間らしく話そうよ。そしてその方が余程可愛いぜ。というか凄く可愛いぜ。考えただけで悶えそうなくらい。
 安易な発想は、得てして詰まらないものになりがちなのですが、今更ながら、これをふと考えて、はっきり言ってしまえば単に「猫耳がついているだけ」の少年少女が何故、語尾に「ニャ」なんてつけて喋らなければならないのかという理不尽な口調の、「猫の擬人化」に冷たい目線を送らざるを得なくなってしまいました。論理的なことを言っているでもなし、これもフェティシズムなのでしょうけれど…、何かがおかしいです。

「愚か者死すべし」原りょう、読了。(☆☆☆☆)

2006年04月26日 11:13

 探偵、沢崎。彼を一言で言い表すと、とかく「探偵」の一単語を述べるのみで口を閉じるのが一番相応しい。世紀を跨いでの新シリーズは、これまでの長編3作を踏襲したオマージュとも読めるのが興味深い。独白の中に軽口が挿入される場面があったりと、少しばかり沢崎の一人称の語り口が軽くなったようにも思われますが、なかなかどうして、読者に決して媚びない本格ハードボイルド。ある意味ではタイトルが示す通りに、何を捨て、何を守るべきか迷い、惑い続ける、生きることが不器用男たちの、そして愚かな者たちの、物語。

人は店で何に対して金を払うのか

2006年04月23日 23:17

 日曜出勤は身体に良くない。
(と書こうとして「身体に悪くない」と一度タイプミス。疲れてるな)
  *** 
 ちょっとした裏道を車で徐行しながら通っていたら、お寿司屋さんらしき店の裏口で、大将らしきおっさんが青い大きなポリバケツに座ってタバコを吸っていたよ。とてもまったりしていたので、ああ、そういう生き方もあるのだな、と思ったよ。
 昨今の(といってももう数年タームの話ですが)ファストフードチェーンの値下げ競争は、もうそろそろ「値下げ競争」と言えるほどのことはなくなってきましたが、デフレーションのいい例。何をもって断行されたのか、ということはともかく、それによって消費者に与えられることは何だろうか、と少し、考えてみた。分かりやすく牛丼を例に挙げてみる。原材料の多くは安い海外産のものを使用し、従業員の多くは正社員よりも安く上がるアルバイトで凌ぐことにより、薄利多売で最終的に利益を上げようというもの。サンドイッチでもハンバーガーでも、いろいろと思いつくチェーン店はあるのだけれど、さて、ここで顧客が求めるその店で得ようとする商品価値は、一般的に、その店そのものを利用する一環、全体に掛かると言えよう。つまりは、店に一歩を踏み入れたときから勘定までの流れの中での、従業員の応対も含まれるわけで、高級料亭などは、もう明らかにこの店側の客への「持て成し」が、客が料理に対する代金として払っている料金のなかに、暗に盛り込まれていると言ってもいい。となると、見渡してアルバイトしかいないような店で、小銭から必死に利潤を稼ぎ出そうとしている店から、「それなりの」接客を求めるという客の思い上がりは、果たしてどの程度受け入れられていいものか。或いは、接客業をする以上は、それが良く仕込まれた料亭の従業員であろうが、フリーアルバイターであろうが、その精神は同じレヴェルへの高みを求めさせなければならないものか。それが出来るのだろうか。
 客は、何に対して金を払っているのか。人によって違うだろうけれど、大半は「その店で自分が得られる何らかのもの」であるはずだ。けれども、「その店で自分はこうむりたくないもの」を店から受けたとき(つまりそれは大半が、「不快感」という一言で言い表せられる)、店のレヴェルの良し悪しにかかわらず、その店そのものの価値を疑い始めることになるのだろう。
 僕の結論はひとつ、「これだけ安く食わせてやってるんだから、食い物の外側でウダウダ言わずに黙って食え」と。その逆もしかり、「最低限、客に金を払わせられるだけの環境を演出した上で食い物を出してみせと」と。
  ***
 滅多に吐かないレヴェルの毒。
 接客業をしていないので、どれほどの実情かは察することしか出来ません。日曜日に仕事で、ちょっと調子が悪くなったんです。

「さらば長き眠り」原りょう、読了。(☆☆☆☆+★?)

2006年04月22日 23:42

 いやあ、やはりこのシリーズ、凄いとしか言いようがない。
 和製純正ハードボイルドにして本格ミステリ。

今日のフォト:「唐突な晴れ」

2006年04月21日 10:30

 昨日の昼間はざんざん降りの雨で沈鬱な気分になりましたが、今日は凄い晴れ。
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 凄い、と言ってしまいたくなるくらいに空が綺麗に見えた晴れでした。こういうときは雲を取るのが楽しみになります。そして実際、とても楽しい。やたら空がキラキラして見えます。場合によってはギラギラと野心に満ち溢れた光を放つ、春の空。
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 写真の加工処理はしない素人なのですが、こうも短時間で違った顔を見せられると、楽しさを隠し切れません。ウハウハ。
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今日の一言

2006年04月20日 22:14

 「社会現象」を身近で認識できた試しがないな。

今日のフォト:「牛乳美味しかったですか?」

2006年04月19日 23:46

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「むかしのはなし」三浦しをん、読了。(☆☆☆☆★+★?)

2006年04月19日 11:18

 これはいいっ。最初から最後まで惹き込まれっぱなしで、大満足です。
 誰でもひとつふたつ…、いや数多く知っている「昔話」をモチーフにした連作短編集。それぞれ異なる語り手による、一人称で綴られる物語は、千差万別の生、愛、憎、死、無、といったあらゆることを描き出しているのですが、それらは「昔話」を単純に現代の事物に置き換えて語られた物語群、と捉えてはいけないのです。本書のタイトルの持つ意味合いが、読み進めるうちに次第に分かってくる。恋愛小説、幻想小説、SF小説にミステリの手法すら加えたと思わせる筆遣いの見事さで、読む前と後では本書のイメージは大きく違ってくるでしょう。実に巧妙に…、7編の物語は繋がりを持って提示されている。かつて地球に生存していた者たちの、(今は恐らく存在しないのではと危惧されつつ)かつての地上での物語。取り戻すことは出来ない、過去でしかない物語。そう、数あまたの「昔話」は、どれもこれもがこうして語り継がれてきたもの…、その「昔話」という無数の物語の存在を、そのまままるごと、現代版にアレンジしたのが本書なのだと言えるでしょう。同時に、「昔話」という言葉の意味すら考え直したくなってくる読後感は、本書そのものの読後感があまり明るいものではないだけに、真摯な思いを抱かせるのです。

 本書、直木賞候補にもなっていたんですね。うはあ…、取れば良かったのに。

「ネコソギラジカル 下」西尾維新、読了。(☆☆☆★)

2006年04月18日 18:53

 新青春エンタ、戯言シリーズ、完結編の完結編。終わりの物語の、終わり。それは、物語の始まりの終わりであり、物語の終わりの、終わり。どんな物語にだって終わりがあることを誰だって知っているのに、表面上、それを誰も指摘しないのは、物語を読む者の「物語」は、まだ終わりではないことを彼らが知っているからだし、「物語」の終わりが、本を読み終えるようにはあっけなく終わってなどもらいたくないと思っているから…、無論、こんなことは戯言。タワゴトで、ザレゴト。
 よくもまあこのシリーズを大団円に仕立て上げられたものだな、と、読み終えてまずは西尾氏に拍手。しかし「戯言シリーズ最高!」と喝采を贈りたくなるほどではないのも正直な感想。快哉を叫びたくなるような見事な終え方とは言えないようにも思います。始めから、シリーズ最終シリーズとしての長い「終わり」の物語として物語られているこの物語には、終わりしかないことが分かりきっているので、読者としては、シリーズ通しての語り部である「いーちゃん」(あるいは作者である西尾氏)が、この物語をどのように終わらせてみせるのか、というところにしか眼中にないのです。「人類際弱」と己を称して戦う彼は、肉体的には凡人でしか有り得ない。そこらにいる大学生となんら変わるところはない。けれども「戯言使い」の名の下に、対話を用いて相手の全てを看破していく様は、成る程、過去にそう多くの例を見ない主人公の在り方であるようです。万人が納得する正論を吐くことで、場の全員を得心させることで、その舞台を己のものにする…、わけではない。彼の用いるのはあくまでその場凌ぎの理にかなったザレゴト、タワゴトに過ぎず、快刀乱麻とはすべからく遠い位置づけである。彼の言葉で何か新しいものが始まることはないし、何かが歴然と終わることもない。けれども、だからこそ、彼は過去に捕われ、未来を見失ったままですら、誰かと戦おうとする。それが己の意思の招いた災厄であっても、或いは、ほんの気まぐれによる誰かのための身動きであっても。己の「弱さ」を知ることは、己の「強さ」をひけらかすよりも、時には余程の「強さ」をもって相手を撃退する要因になることもある。大概の者は、そうした動機をもってして、あらゆる物事を始め、終わらせ、歴史を繰り返してきたものです。だから、「始まり」と「終わり」は、本当に二律背反的な性質を備えている。それは勿論、いーちゃんを敵として認めた狐面の男、「人類最悪」の西東天にとっては当然も当然、彼は世界の終わりを見たいがために動いている、もしかすると物語の枠を超えた作者よりもなお、物語を「終わらせる」ための登場人物であることが伺えるのです。彼らが何をしようが、何を企てようが何を起こそうが、それを前提にしているがゆえに、「ネコソギラジカル」上中下の三部刊行とされた本書も、当シリーズを終わらせるための後片付けの物語に過ぎない。メタ的な構図ではありますが、本書ほど強烈に「終わらせる」ことを読者に強調する物語も、そうそう多くないように思われます。
 幸か不幸か、本書が「物語」である以上、必ず、終わる。読者は、物語が始まった瞬間に…、否、物語が登場した瞬間に、或いは、物語が語られることを知った瞬間に、その物語が、どんな形であろうと、「終わる」ことを知っている。それはどんな物語であろうと絶対的な法則であり、本書はその「物語が終わること」を逆手に取った物語であると言えるのではないでしょうか。少なくとも、「世界の終わり」を目論み、企む、西東天という男を想定したときから、西尾氏は本シリーズを「物語の終わり」を描くことで終わらせようと考えたのだろうと、僕は推察します。本シリーズが始まった当初は、一見非凡な青年が戯言を用いて彼の周囲で起こる事件を解決していくミステリのシリーズなのだと信じて疑わなかったものですが、ほんの数作でその性質は一変し、他人にはそうそう真似の出来ない、「西尾維新の書く物語」の姿が幾つも見られることとなりました。その中には少年漫画のような格闘物語もあれば、既存のミステリの枠を超えたトリック(ギミック)を用いた不可思議な謎解き物語もあり、決して「他にはない」と断言するには必要十分ではないでしょう。けれども「生きるとは」「死ぬとは」という観念を「殺人鬼」を主人公にすることで逆説的に追求するなど、意欲的で実験的な姿勢も数多かったです。中にはシリーズの枠を僅かに食み出して広がった「物語」もありましたが、概ね、シリーズを通してばら撒かれた伏線らしい伏線は、そもそも「そういう話もあるのだ」という意味合いしか含んでいなかった、とするのが正しい消化の仕方のようです。これもまた、物語の終わりが、すなわちその物語が終わらせるための物語であったことを示す一因となっているでしょう。だから、実際のところその多くが謎のままで残されている、彼の過去、それは、彼の未来と同じくらいに謎のままとなっているわけです。「物語の始まり」と同じくらい、「物語の終わり」は意外過ぎるくらいに唐突にやってくるのが、それぞれの「物語」。いーちゃんが「これはぼくの物語だ」と口にしたか、或いは頭で思ったか、その辺りは判然としませんが、これは間違いなく、紛うことなき彼自身の物語。けれども彼だけの物語、というものでもないのです。物語を最初から最後まで読もうと試みる読者は、それで十全な満足は得られないものですが(どれほどの筆を費やして世界最長の物語を描こうとも、それを成し得る作家などこの世には存在しない)、多くの「読者」が似たようなもので、本シリーズは、そういった意図的な「伏線」によって、「物語の終わり」を読者が感じづらくなっている。これはもう西尾氏の確信犯的な所業でしょう。本シリーズを読んで、不満しか得られないほどには、僕は「物語」を読むことにそこまで貪欲な精神の持ち主ではないらしいと認識しました。

 …いつまでも続いてしまいそうなので、取り敢えずこんなところで。

「ネコソギラジカル 中」西尾維新、読了。(☆☆☆)

2006年04月15日 12:13

 うーん。
 なかなか進まないなあ。いや、物語の加速度は滅茶苦茶上がっているのが分かるのですが。どうしてだろうか。と思うのは多分、この物語が一体何処へ向かうのかが見当もつかないからだと思う…、きっと。

「蟲と眼球とテディベア」日日日、読了。(☆☆★)

2006年04月14日 19:51

 主人公の賢木愚龍が完璧だ天才だと謳われているわりに、その当人は本書においては個性が割りと埋没してしまいそうな普通の二十歳の青年でしかないところが一番の残念たらしむるところ。どうして彼が宇佐川鈴音に耽溺するのかとか、一人よがりっぷりをもっと滅茶苦茶な理由にしてしまっても十分バランスが取れたと思う。後半までそれがなんなのか分からない「林檎」が巧いこと料理されているのですが、それを絡めて思えば本書の真の主人公は眼球抉子…、でしょうね。どう読んでも。スプーンが武器で、決め台詞は勿論「眼球抉っちゃうぞ」。これはたまらん。
 彼女が切った啖呵、どんな歴史を背負った理由でも、それが先祖代々の目的であったとしても、それをお前がする理由になるのか。それがお前が生きる目的になるのか、はある意味、様々な歴史を切って捨てているわけですが、それでもこうもはっきりと口にされると逆に小気味よかったですね。

「SAW」ジェームズ・ワン/リー・ワネル/行川渉、読了。(☆☆☆)

2006年04月13日 19:10

 ソリッド・シチュエーション・スリラー映画のノベライズ。映画とか漫画とかゲームとか…、「ノベライズ」ってあまり成功した例を見ないような気がするのですが。本作も例に漏れず、映画版のあの衝撃を「再現」するには筆が足りないように思う…、いや、舞台が殆どバスルームでの回想であるために、描写が物足りなくなってしまうのは仕方ないんですけど。
 僕の場合、映画を見て後の読了ということで、本作を純粋にホラーノベルとして読んだとは言えず、映画の脚本に独白を脚色したもの、という読み方をしていたため、楽しみ度は少なめ。映画版とは結末が少し異なっているのですが、これはこれでなかなかまとまっているようにも思います。どちらにしても、本か映画か、どちらかを先に見たらもう一方を、頭を空っぽにして楽しむことは不可能なのだから、惜しい。
 さて本書では章題に「わたし」と「ワタシ」という叙述トリックが用いられていますが、これはなくてもよかったなあ…。

今日の一言

2006年04月12日 22:00

 喫茶店「密室」の殺人。

今日のフォト:「終日閉鎖」

2006年04月10日 16:41

 4月1日に使おうとして忘れてたもの。


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 引退した2号機から拾い出してきたものです。
 …危うく洒落にならないことになるところでした。

成分分析

2006年04月10日 02:41

 成分解析 Ver0.2a (For Windows)より。

「祐樹一依の成分解析結果 :
 祐樹一依の34%は努力で出来ています。
 祐樹一依の30%はマイナスイオンで出来ています。
 祐樹一依の29%は犠牲で出来ています。
 祐樹一依の4%はハッタリで出来ています。
 祐樹一依の2%はむなしさで出来ています。
 祐樹一依の1%は明太子で出来ています。」

 まず僕の名前。3割がマイナスイオンでちょっとまったり。
 明太子…、明太子か…。

「ミステリ不全症候群。の成分解析結果 :
 ミステリ不全症候群。の72%は着色料で出来ています。
 ミステリ不全症候群。の22%は歌で出来ています。
 ミステリ不全症候群。の3%は白い何かで出来ています。
 ミステリ不全症候群。の3%は世の無常さで出来ています。」

 ウェブログ。歌は詩、のことでしょうか。
 白い何か…、アレですか。

「CANARY CAGEの成分解析結果 :
 CANARY CAGEの35%は海水で出来ています。
 CANARY CAGEの24%はビタミンで出来ています。
 CANARY CAGEの12%は華麗さで出来ています。
 CANARY CAGEの9%は毒物で出来ています。
 CANARY CAGEの6%は電力で出来ています。
 CANARY CAGEの6%は覚悟で出来ています。
 CANARY CAGEの4%はツンデレで出来ています。
 CANARY CAGEの3%は赤い何かで出来ています。
 CANARY CAGEの1%はミスリルで出来ています。」

 ウェブサイト。ツンデレがあるからまあいいやと。
 ある意味一番マトモ。
[成分分析]の続きを読む

今日の一言

2006年04月09日 20:35

 「お袋の味」がマトくんに通じずショック。

「ネコソギラジカル 上」西尾維新、読了。(☆☆☆)

2006年04月08日 22:55

 登場人物表にいきなり度肝を抜かれるのですが、中身もなかなか、幾らか、驚かせてくれます。まだまだ、「終わり」は始まったばかり。

ネコソギラジカル 上
西尾 維新著
講談社 (2005.2)
通常24時間以内に発送します。

「天使たちの探偵」原りょう、読了。(☆☆☆☆)

2006年04月08日 22:53

 本格ハードボイルドにして本格ミステリ。良いね。

天使たちの探偵
原 リョウ著
早川書房 (1997.3)
通常2-3日以内に発送します。

今日のフォト:「すっかり春ですね」

2006年04月06日 10:39

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 昨日の雨で花弁が重くなったのでしょう、蕾ごと桜の花が風で落ちてきます。
 ぼとぼとぼと。
 …風情が足りないなあ。

今日の一言

2006年04月06日 10:31

 なぞなぞ:パンはパンでも、食べられないパンはな~んだ?
[今日の一言]の続きを読む

「好き好き大好き超愛してる。」舞城王太郎、読了。(☆☆☆★)

2006年04月06日 10:30

 ピンク色(どピンクの表紙に箔押しで「好き好き大好き『超愛』してる。」)の装丁につい購入を躊躇ってしまう本ですが、中身は実は真っ当過ぎるくらいに「恋愛小説」。舞城小説の特徴は、なんといっても度肝を抜くくらいに(まるで書き殴ったかのような)パワフルな文体にあるのですが、本書を読む限りでは、そんな、やっつけ仕事みたいな(言い方が悪いな。つまり、自分で書いた文章を後になってちまちまと読み返しながら推敲していく、という流れ作業的な執筆をしていないと思わせる、書きたいものを書きたいときに書いた、と思わせる)分圧は感じませんでした。いい意味でマトモな小説に仕上がっている感じです。
 恋愛とはなんだろうかとひたすら紡がれる物語の断片は、ファンタジーでもあり、超現実的な人間ドラマが描かれていたり、超個人的な思想が綴られていたりと、その舞台は千差万別を地で行くのだけれど、その全てがひとつのテーマに収斂していく。あからさまに有り得ない世界が書かれている部分ですら、物語として破綻が感じられないのだから、「恋愛小説」そのものの奥深さを感じるいい経験が出来そうです。当然ながら、「人を愛する」ということは一体どういうことなんだろう、という疑問に対して、読者への明確な答えはありません。無論、作中の人物が彼ら彼女らなりの価値観を信じて生き、或いは死んでいく様が多様に描かれていて、どの物語でも死が身近に存在する状況があり、「愛さえあれば生きていける」だなんて甘やかしだけでは通用しないのが、また良いです。綺麗事だけで綺麗に物語を終わらせられるのは、それこそ「物語」だけ。どれほど「物語」にリアリティがなくとも、その中で語られる思いに、紡がれる言葉に真摯な思いをひしひしと感じるのです。本作は「恋愛小説」であるために、読者の前に提示される「物語の終わり」は綺麗に映るかもしれないけれど、それだけでは終わりようもない思いが、確かにあります。
 とはいえ、知る人ならば冒頭から分かる舞城小説のノリは健在も健在。スピード感ではないが物語が駆け巡る印象は強く、そのくせ、読者の脳裏を駆け抜けていくだけではなくて、一文一文に途方もない力強さがあるのは確か。デビュー以来の圧倒的な舞城小説の「強さ」を見せ付けられるのはむしろ、同時収録の「ドリルホール・イン・マイ・ブレイン」でしょう。これは凄い。プラスドライバーが脳天に突き刺さったことにより、平行して展開するもうひとつの世界で、その世界を救う役を担う少年と「世界」を共有する少年、というスタートダッシュの物凄さで一気に惹き付けられました。もう、なんというか…、こんな題材でこんなに官能的で暴力的な物語が書けるのかと。かつて感じたことがないエロですよ。媒介となる形が異なる(ユニコーンの角と脳天の穴とでセックスをする)だけで、こんな「文学的に」エロい描写になるとはと、感心してしまいました。物語の方は注意深く読むと、もしかすると正体は脳を異物で刺激された死に際の少年の幻想談に過ぎないのかと思うのですが、しかしそんなことは全く二の次三の次。結末を読めば何もかも明らかです。読者の脳を嫌らしく刺激する、たった一言がそこにあるでしょう。

好き好き大好き超愛してる。
舞城 王太郎著
講談社 (2004.7)
通常2-3日以内に発送します。

今日の一言

2006年04月05日 23:00

 初めて食べたものが自分の好みに合わなかったら、
「うーん、面白い味ですね」
 と逃げよう。取り合えず。

今日のフォト:「とっくに春ですね」

2006年04月04日 10:17

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「砂漠」伊坂幸太郎、読了。(☆☆☆☆★)

2006年04月04日 10:06

 伊坂流、ちょっと変わった青春小説。冒頭の3ページで、既に主要登場人物の5人のキャラクターが確立して読者の目に映ってしまうのは流石としか言いようがないのですが…、そこまで「キャラクター」然としているわけでもないのに、ちょっと…、というか、かなり変わった面々が繰り広げる、シリアスにもコメディにもなり切れない物語。収まるべきところに収まらない「普通の」学園生活が綴られた、大学生の四季の話。決して格好の良いことなど誰も言っていないし、してもいないのに、けれども突拍子もない言動の端々が胸に不思議と響いてくるのは、やはり伊坂節。
 こうこうこうしていれば如何にも「普通」に話が収束するのに、余計なことを一つするせいで話がややこしくなるような、「ええっ、そこで一歩を踏み出しちゃうのかよ」という勢いがあるために、確かに事態はややこしくなってしまうのだけれど、(チープな言い方をすれば)若さが溢れきっていて、読んでいてとても楽しいのです。厳密に言うとミステリではないのだけれど、読み進めるに連れてなんとなく釈然としないものを感じるのが、最後に至ってすっきりと落ち着くべきところに落ち着いてくるのはしてやられた感じ。

砂漠
砂漠
posted with 簡単リンクくん at 2006. 4. 4
伊坂 幸太郎著
実業之日本社 (2005.12)
通常24時間以内に発送します。

とらとらー

2006年04月03日 15:27

 サントラ買っちゃった。(´∀`*)

今日のフォト:「空気」

2006年04月02日 16:00

 グランパーク本館立体駐車場から西の方角。凄いインパクト。
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 空調機器の会社でしょうか。

「狂乱家族日記 参さつめ」日日日、読了。(☆☆☆★)

2006年04月01日 20:34

 本音を言えばあまりに自分勝手な言動ばかり繰り返し繰り返し繰り返す凶華にムカムカしてきたのですが、中盤からは如何にもこのシリーズらしい、何も考えずに何もかもを吹っ飛ばす、「そうそう、そうこなくっちゃ!」と快哉を叫びたくなるくらいの狂乱っぷり。傲岸不遜豪放磊落絶対無敵完全不敵唯我独尊乱崎凶華様の暴れっぷりをお楽しみ頂けます。
 と書くと頭悪いみたいですが。
 一体、日日日氏(僕はいつも「にちにちにち」と書いて変換してますが)は何の必然性を持たせようと人外ネコミミ少女を登場人物の中枢に持ち出してきたのか、疑問で仕方なかったのですが、本巻にて一応の物語に沿った解説を企ててくれます。戦闘狂の死神、通称「死神三番」だなんてまた嫌な設定を持つ人物が登場してきますが、これが話は勿論、凰火の過去と巧く噛み合ってくるのは定石っぽいですがいい感じ。
 冒頭から奇妙な雰囲気を漂わせている「狂乱家族日記」が、最後には物凄い快活なオチをつけてくれるのも、なんだか「なごやか家族作戦」だなあ、と日向でお茶を飲みたくなるような、そんな…、感じ?(何を言ってらっしゃる)

狂乱家族日記 3さつめ
日日日著
エンターブレイン (2005.10)
通常24時間以内に発送します。


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