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「乱鴉の島」有栖川有栖、読了。(☆☆☆★+★?)

2006年06月30日 20:04

 友人の作家・有栖川有栖と休養に出かけた臨床犯罪学者の火村英生は、手違いから目的地とは違う島に連れて来られてしまう。絶海の孤島に集まり来る人々。奇怪な殺人事件…。火村シリーズ、4年ぶりの長編。

 冒頭にて、物語の語り手である有栖川に「あそこで暴かれた真相ほど常識はずれなものは、にわかには思い出せない」と言わしめる孤島での犯罪。それは動機か、犯行方法か、それとも真犯人の正体か。否応なく期待は高まるのですが、意外にもその大見得(?)は終盤まで明確にはされません。それよりもまず引っ掛かるのが、多くの烏が住まう孤島に集った人々の言動。崇高なる詩人を中心に、彼らが一体その場で何を行おうとしているのかが、「手違いの訪問者」である火村や有栖川には徹底的に伏せられる、この違和感。もうひとりの「闖入者」である初芝の登場によって状況が変化する。殺人事件の発生、動機の推察、しかしなおも口を閉ざし続ける住人たち。烏がうごめくのを見るように、感じるのはただ不穏な予感ばかり。それがまた何度も繰り返し有栖川たちが勘繰っては、合理的に否定されるのだから、余計にたちが悪い…。
 社会学者である火村にして、「こんな奇妙な事件は知らない」と言わしめた孤島の事件。僅かな論理の飛躍により、されど必然的に求められる「真相」。折りしも本書が刊行された時期は、いわゆる株のインサイダー取引についての社会的関心が高まっていることもあり、苦笑いを隠し切れませんでした。正統派のアリバイ崩しから、消去法からなる真犯人の指摘まで、推理のプロセスはまさに真っ当な本格ミステリ。ある意味では非現実的である思考ゲームの小説として見たとき、そう突拍子もない真相であるようには思えないのに、それを知った瞬間に胸に湧き上がる、困惑と、驚愕と、感動がない交ぜになった気持ち…、それは、他ならない『黒根島=烏島』という構図がもたらした悲哀なのかもしれません。
 密室や暗号といった、如何にも読者の興味を惹くような形での「事件」が起こるものではないので(とはいえ、2人の人間が死ぬ殺人事件ですが)、滞在者がひた隠しに隠す「黒根島の秘密」が、本書の一番の読みどころだと言っても過言ではありません。そこが、本書が思考ゲームで終わらないところ。作中、ポーの詩の作成術を挙げ、巻末で有栖川氏が暗に言及しているように、本書を構成する上で一番の核となっているのが、クローン人間の組成に関わろうとする人々のスタンス。愛した者を復活させることを望んだ男が、彼女を孤独にさせないために、同時に自らのクローンをも生み出し、ふたりの愛を願う。正論なのに見落としがちなこの構図が、私利私欲のままに終わった初芝…、多くの人間のエゴとの僅かな違い。有栖川氏が本書で描きたかったことは、読み終えてみれば明瞭です。無論…、社会的にどう、倫理的にどう、と個人が易く言及出来ることではないのですが、一旦、叶うはずのない望みに希望の光が差したなら、時に人はその光が差す方を向かずにはいられないという悲しい予感を感じさせてやみません。

乱鴉の島
乱鴉の島
posted with 簡単リンクくん at 2006. 7. 1
有栖川 有栖著
新潮社 (2006.6)
通常24時間以内に発送します。
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『いそがないで。』菅野彰・二宮悦巳、読了。(☆☆☆★)

2006年06月29日 17:04

 BLです。
 BLじゃなくてもいいのにー。と毎度ついつい思ってしまうハートフル・ホーム・コメディ…、じゃないな、これは。そんな綺麗なものじゃなくて、もっとざわざわして誰も彼もが好き勝手に動いているのに、本質的なところで陰を抱えている人たちばかりで、優しさが裏側にあることが直ぐに分かってしまうのに、なかなか、それに気づけない。「優しさ」が弱さに直結しているのではと怯えてしまう本能が人にはあって、だから逆説的に、極端に強くあろうとすると、ことに、誰かを護らなければと思う気持ちが強いほどに、人と人とはぎくしゃくしてしまう。本シリーズの彼らも、そういう「本質的」なところを見ない、言わばそれが対人たる状態の当たり前である概念なのですが、普通なら綺麗事の言葉や態度ひとつで片付けられてしまう「お話」に、もう一歩踏み込んだ、少し「綺麗じゃない」遣り取りが衒いもなく織り込まれているところに、この作品の魅力に結びつくものがあるのではと思っています。
(ちょっと今巧く言葉に出来ません、すみません)

いそがないで。
菅野 彰 / 二宮 悦巳
徳間書店 (2006.4)
通常24時間以内に発送します。

今日の一言

2006年06月28日 17:52

 時々…、「もう年かなあ」と思うようになったんですが。

「鎮火報」日明恩、読了。(☆☆☆★)

2006年06月19日 17:38

 大山雄大20歳は「楽して給料ガッチリもらいたい」今時な考えの消防士。殉職した親父みたいになりたくないと思っている。そんな雄大が放火事件に巻き込まれ、人間として成長していくビルディングスストーリー。

 昨今の特殊な職場を描いた小説は、否応なくリアリティが求められるのですが、本書はその辺り抜群に巧い。まず第一に消防士の生態がよく分かる本として読め、勤務の状況が素人も通り一遍分かるようになっていますね。しかし不良上がりのその若い消防士はなんともやる気がない。どうしてなったかといえば「なれるものならなってみろ」と言われてムキになったから。現場の第一線よりも、ゆくゆくは内勤として平和に給料を頂く人生を送るのだと言ってはばからないのですが…、父親図らずとも父親に譲られた消防士としてのソウルが何処彼処で発揮されてしまうのは主人公としての憂き目なのか、それとも。
 雄大の周囲には、やはり「消防士」に命運を左右された者たちが多く登場します。それは彼の同僚であり、友人であり、家族であり、かつて父親に命を救われたものであり、そして、雄大自身が命を救うことになるものであったり…、本書の特殊なところは、そこから更に一歩を突っ込み、「消防士が救えなかった者、或いは救わなかった者」を描いているところにあると思います。人命救助隊としての性質を備えている消防士のジレンマとは、彼らが救助すべき者たちを、仮に救えなかったとき、その責めは彼らに負われてしまうところがあるということ。失火、放火等様々な要因による出火の原因をさて置いて、現場に立ち向かう消防士とは本来の使命以上の「求められる行動」を胸にせねばならず、そこが警察機関とは似て異なるところ。
 不法滞在外国人労働者が本書の題材のひとつです。何故不法滞在外国人労働者の住まうアパートばかりが不審火に見舞われるのか、という謎を中心に据えて物語は進められていくのですが…、うーん。これは少々物語的には消化不良ではないかな、と思います。描き込みの度合いは十分で、社会的、国際的な問題提起としても十二分なのだけれど、何処となく後味が悪くなってしまっているのは、やはり小坂の死を雄大が「己が助けなかった者」として受け入れなければならない本書の本来のテーマに埋もれかねないからか。この事件はミステリとしてもちょっとした仕掛けがあるものなのですが、読者にはおおよそのところで「謎解き」の興味は長続きはしないように思われます。本書の読みどころと、作者が意図して引っ張っている部分とが食い違っている感も否めない。しかし最後の最後まで読ませるのは、他でもないひとりの「消防士」の在り方。いやひとりではなく、無骨な多くの消防士の生き方、その中のひとつが、本書には実に不器用に、けれども真っ直ぐな視線で語られているのです。

鎮火報
鎮火報
posted with 簡単リンクくん at 2006. 6.20
日明 恩著
講談社 (2003.1)
通常2-3日以内に発送します。

 個人的に…、守のキャラクターが頂けない…、なんだあの喋り方。

今日のフォト:「サボテンの花」

2006年06月19日 12:34

P6132962.jpg

SW

2006年06月18日 09:50

 スペースワープ買おうかなあ。

落ちた靴の謎

2006年06月15日 10:58

 仕事帰りの国道で、道端に靴が落ちているのを見掛けました。それ自体は別に車を運転する人なら案外何度も経験することで、珍しいことでもなく、莫迦なことする奴もいるもんだな、と思って通り過ぎるだけなのですが、今日はビックリ。帰り道の40分ほどで、3度も「落ち靴」を見てしまいました。全部が普通の運動靴のようなもの。これは稀有なことではないだろうか…、この短いルートで(せいぜい20キロ)、少なくとも3人の人間が道端に靴を落としている。しかもどれもが片足なのだ。一体どうすれば走る車中から道に靴の片方だけを落とすものか、その経緯を是非とも知りたいものですが…。
 これが長靴だったりすれば(実際よくありますが)、トラックなどの作業車に積まれた荷物から振動で放り出されたものが落ちてしまった、だとか説明が付けられそうですが、しかしわざわざ普通車の車内から靴を投げ出す道理なんて「集団旅行のバスの車内で起きるイジメ」くらいしか思い浮かばないし、運動靴が続けて3足もとなると、苦し紛れに「トラックを運転する人たちは、そんなに靴を落としたいのか。これが鉄製の機材だったりしたら大変だぞ」なんて皮肉しか浮かびません。
 或いは順当に「歩道を行く歩行者の荷物から落ちた」説か、それとも「自転車の籠に入れた荷物から落ちた」説か。しかしこれもトラック説と同じ程度の可能性で、しかもその多さを裏付けるには当事者が靴を落としたことに気づく割合が高そうだ。
 そういえば高速道路を走っていると、高い確率で見るな、靴。それもやっぱり決まって片方!(揃えて置かれていたら怖さマックスですが)むむ、こちらは流石に「歩行者」説は消さざるを得ないぞ。となると、「道を走る車から落ちた」という前提を疑わなければならないのか…? 軒先に置かれていた靴が風に飛ばされて落ちているのを見掛けただけ、だなんてことは…、いや、まさか…。

 ミ、ミステリィ! 日本中の道端に、今も無数の靴が落ちている!
 一体、何故、誰が、どうやって!
 合理的デ論理的ナ解答、求ム!

今日の一言

2006年06月14日 09:23

 0か1かではなく、強か弱かで物事を把握することも大切。

「震度0」横山英夫、読了。(☆☆☆★+★?)

2006年06月14日 09:22

 阪神大震災の朝、一人の県警幹部が失踪した。蒸発か? 事件か? 錯綜する思惑と利害、保身と野心、激しい内部抗争を背景に、N県警幹部6人の密室劇の幕が開く…。『小説トリッパー』連載に加筆。

 寸簡。
 濃密だわあ…、というのは、著者真骨頂の警察小説を安心して読めるいつもの雑感なのですが、本書は、うーん…、阪神大震災の起きた日を皮切りに起きた、N県警最悪の三日間、とでも言えるでしょうか。日本中を文字通り震撼させた大災害を横目に(というよりも黙殺)警察幹部の失踪事件に頭を悩ませるトップ陣営。読み進めると露呈してくるのは、本書は(普通の意味での)魅力的な人物に乏しい、ということ。主役級の部長六人が誰も彼も、元々一癖もふた癖もある性格であるのに加えて、超絶利己的で身の保身ばかり考えていてイチ機構としての「警察」の揺らぎを気にもかけないところが読んでいて鼻持ちならないですね。というかこいつら警察官である資格ねえよ。まさかこんな「警察幹部」ばかりが警察組織を支え、担っているのではあるまいな、と多くの読者は心の隅でちらりと危惧するに違いなく、横山氏はそのようなことはあってはならないのだ、と反面教師を描く、確信犯的にこのようなスタイルを取ったのだろうと解釈は出来るのですが。登場人物は少なくなく、しかし各々の心理描写の掘り下げはやはり並々ならぬところがあって、感情移入するのが難しいくらい(これは褒めてます)。特にラストの「部長会議」は息をするのももどかしいくらいに張り詰めた空気の中、男たちの心を壊すほどに「烈震」でありながら「震度0」として下される「裁定」の行方には目を離せません。いろんな意味で複雑な読後感。

震度0
震度0
posted with 簡単リンクくん at 2006. 6.14
横山 秀夫著
朝日新聞社 (2005.7)
通常2-3日以内に発送します。

今日の一言

2006年06月13日 23:50

 3-1か…。
 ラストの10分間に3失点とは、これは不覚では済まされないな。

今日の一言

2006年06月12日 17:46

 外人ではない、外国人だ。

ゆんゆん

2006年06月12日 17:36

 どうしても疲れてどうしようもないな、と思ったときに、渋々、不承不承、ドラッグストアに行って医薬部外品でない、ちょっと値が張る栄養ドリンクを買います。有名なところを挙げれば、ユンケルとか。流石にコンビニや自販機で買えるものよりは余程効果を実感出来るし、官報が配合されていたりして滋養強壮にもいいらしい。何より夜勤に就いている身、その後の覚醒を自覚出来るのが有り難い。
 しかしこれ、効果が切れたときの切なさといったら、もうたまりません。ダルー。全身ダルー。丁度、今日などは、眠いというか寝たいというか脳味噌が働いていないのを自覚してしまいそうな疲労に襲われて自律神経がイってしまわれる前に危うく家に帰り着いたのですが、聞いたところによると、こういったドリンクを飲んだときの肉体疲労の発散は、その場凌ぎで身体の彼方此方に疲労を分散させるに留まるのだそうな。つまり、時間が経てば、そのうち、誤魔化されていた疲労が再び蓄積されるのを自覚せざるを得ない、というのです。半信半疑ですが、なるほど、薬を飲んだから疲労が消え去るだなんて、そんな都合のいい話はないわけで。例えば頭痛薬なども、あれは痛みそのものを消すのではなくて、痛みを感じなくさせる鎮静作用の効力を持っているのです。その間に自然治癒力によって、頭痛自体はゆっくりと治っていくわけですよね。ということは、生薬の効力云々が将来的に作用するだろうを差し引いても、ある意味では「ドリンクを飲んだから疲れが取れる」という思い込み…、プラシーボ効果が幾分か作用していると言えなくもありません。
 そうなのだと分かっていても、効き目があったら有り難い、と頼る気持ちがつい湧いて、今夜も飲むのだ、ユンケル。

「山伏地蔵坊の放浪」有栖川有栖、読了。(☆☆☆)

2006年06月12日 17:10

 鈴懸に結袈裟を掛け、笈を背負い、金剛杖と数珠を持ち、腰には法螺貝…、と正装に身を固め、スナックに現れる山伏が語る怪事件・難事件。ユニークな連作短編集。

 院号、地蔵坊。その名が表すとおり、山伏が探偵役を務める、珍しい短編集。彼が旅先で出会った数々の事件を、場末のスナックで恒例の客たちに語ってみせる、という趣向。もうそれだけでオリジナリティ溢れる設定が炸裂しているようにも思うのですが、スナックの面々は、最初から彼の話の存在自体を半信半疑で聞いている。ある意味では「与太話に付き合う飲み屋の面々」という以上の意味合いを持たないものなので、決して場の雰囲気は盛り上がらないのです(幾らかは推理の饗宴もあるとはいえ、それは程度が緩い)。ここに独特の味が発生していると読むか、それとも多少の上滑りが発生していると読むかは、読者の印象にゆだねられることになるのでしょうけれど。
 本書の巻末に、戸川安宣氏の解説で詳しく述べられているのですが(この一編は評論として読む価値があるかも)、本書…、山伏地蔵坊は、安楽椅子探偵として端を発する「隅の老人」の直系に当たるようです。人々の前にふらりと現れ、事件の瑣末を語るだけり、またふらりと去っていく。それを聞く側にとっては、様々な事件が実際に起きたかどうかは関係がない。その事件と真相が面白ければいいのです。少々メタミステリ的な意味合いをも含んでおり、本書の結末などは、さりげなく「探偵の存在」を揶揄する皮肉を見せ付けてくれます。

山伏地蔵坊の放浪
有栖川 有栖著
東京創元社 (2002.7)
通常2-3日以内に発送します。

今日のフォト:「ジインネコ」

2006年06月12日 16:50

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鼻毛

2006年06月11日 17:01

 一万円札の福沢諭吉に鼻毛を描いたくらいでは、紙幣の価値は下がらない、という話を聞きました。
 一般に流通している紙幣は、その形態と印刷された図柄(透かしなどの防犯要素を含め)によって価値が決定しているために、著しくその形状が損傷されている(真っ二つに破られている等)ようなことでもない限り、そう価値は変動しないというのです(確か半分か3分の2以上が現存していれば、五千円札くらいのものと交換出来るのではなかったかな)。
 とはいえ、ペンなどで落書きをされている貨幣を、そのまま社会に流通させるのは、見た目として違和感があり、当然ながら、自動販売機や自動改札などで、紙幣を認識されなくなる恐れもある(これが一番の懸念でしょう)。また、そこに何かしらの変造の跡が隠されているのでは(つまりそのお札は偽造紙幣なのではと考える)という心理的疑念、そして大体、肖像画に鼻毛が書いてあるお札なんて使いたくはないな、という後ろめたさが発生するために、対人的な遣り取りをするには向かなくなるのは自明。
 というわけで、紙幣に悪戯をしたりメモを書いたりするのはやめましょう…、という話をしたいわけじゃあ、なかったのだけれど…。

今日の一言

2006年06月11日 17:00

 スタジオ収録番組では、やはり流行りでテロップ芸人が多いけれど、観客のどれくらいがネタを正確に聞き取っているのだろう。

「GOSICK」桜庭一樹、読了。(☆☆☆★+★?)

2006年06月10日 09:48

 タイトルは「ゴシック」ですが、ゴシック様式、ゴシック美を主眼に置いた物語というわけでもありません。「gosick」という単語は存在しないので、桜庭氏の造語でしょう。或いは「go+sick」なのかも。第一次世界大戦後の西洋が舞台。ある小国に留学した日本人の少年、九城一弥と、貴族の少女、ヴィクトリカとの交流を描いた物語。
 小粒なトリックから大掛かりなギミックまで、色々と詰め込まれた一冊で、このレーベルとしては作品的にも良く出来ているのでは。冒頭から、とある占い師が殺された密室殺人が提示されるのですが、これはもう有名な前例のあるトリックで、問題提示の瞬間にトリック自体は正直バレバレなのですが(作中でもあっさりと解明されてしまいます)、物語の導入と不可思議な少女ヴィクトリカ(男性名だけれど少女)の紹介に絡んだやり方としては悪くないです。この事件を切っ掛けに、ふたりは大きな謎の前に立ち向かうことになるのですが…、これが凄い。
 白昼の客船から突如、乗員が全て消えてしまったという不可思議な話を聞いたことがあるかもしれません。本作に出てくるクイーン・ベリー号も、またそんな不可思議な事件が十年前に起きた船の再来、なのです。偶然と興味が働いたことにより、少年と少女はこの船への「招待」を受けるのですが…、最終的なところから言ってしまえば、桜庭氏は、この「消失事件」へのひとつの解答を示して見せたのではと思われます。ここまで大規模な「占い」をする必要があったのか、と思わないでもないけれど、国家間の政治的共謀が働いていたとすれば、これくらいのスケールが逆に丁度いい。過去に起き、闇に葬られた「野兎」事件と共鳴して、船の内部で命を落としていく者たち。ミステリというよりもサスペンス(スリラー)としての性質が強いようですが、少しずつ謎が解かれていくことにより、過去と現在の繋がりが恐るべき真実をもって明かされることになります。例えば救難ボートの転覆シーンでジュリィが不敵に微笑んで見せたり、ネッド(ヒューイ)とテニスボールの組み合わせが印象的に映ったり(脈を止めるトリックも読者が一瞬で分かってしまう類のトリックですが、実際、これは心臓や首に触れられたら失敗なので、綱渡り的な要素が非常に強い)と、謎解きに欠かせない伏線が割りと分かりやすい形で明示されているので、「ああ、これはこうなんだな」と読者も悪い意味で真相に辿り着きやすくなっているのです。けれど、それを差し引いても本作の事件の「真相」は、ミステリとして作者の罠に読者がしっかりと(興味も含め)嵌められた印象を強く残しますね。というのも、ヴィクトリカが男性名であることが、ジュリィがアレックスと名乗っていた伏線として機能していたり、冒頭の「占い師殺し」の犯人のアラブ人のメイドが、「野兎」として助かったリィであったり(殆どの読者はそんな事件忘れてしまってると思うのだけれど/笑)と、「意外な真相」のための本書全体に影響する伏線が幾つも張られているので、決して侮れないのです。
 富士見ミス文庫が打ち出している「ミステリ+ラヴ」も、なにやらほんわかとした雰囲気で落ち着いているのですが、時代背景と人物考証を重ねれば「好い感じに落ち着いている」でしょうね。

GOSICK-ゴシック-
桜庭 一樹〔著〕
富士見書房 (2003.12)
通常24時間以内に発送します。


 以下は、「GOSICK」に絡めた蛇足。
[「GOSICK」桜庭一樹、読了。(☆☆☆★+★?)]の続きを読む

「奇蹟の表現」結城充考、読了。(☆☆★)

2006年06月08日 18:08

 およそハードボイルドとも読める頑なな男と頑固な少女のストーリー。舞台は察するに近未来で、主人公のシマは元アンダーグラウンドに属していた頃の抗争で怪我を負い、全身を機械化(イノシシ顔のサイボーグ!)することで存命を得ている、と。修道院の守衛として雇われたことによって、大きな陰謀に巻き込まれていく…、と。神の奇蹟を願う少女と、神への祈りをしない男のストーリー、とも読み換えられるかも。
 シマを裏家業から退職させた、「根源的暗殺者」だなんて大仰な冠を付けられた遺伝子を操作された殺し屋が、しかし少々消化不良。かつてシマを追い詰めたが殺され、その「兄弟」が再びシマの元に訪れる筋書きがありますが、およそ約束された決着。シマを窮地に追った全身に鉛を食らうシーンなどは、もう痛々しくて目を背けたくなる描写なのですが(全身の中で弾丸が擦れ合うのを感じる、だなんて想像するだに恐ろしい)、半機械半人間のシマとの釣り合いを持たせるためにはこのくらいの「痛々しさ」は必要かも。
 臓器の闇取引がひとつのテーマで、これはもう如何様にも話を広げていくことが出来る素材だと思うし、修道院が舞台ゆえに飛び出した「イエスの心臓」だなんて、もうひとつの街の中の組織で抱えきれる問題ではない国家的規模の謀略に発展させることも出来たのでは、と思ってしまうのですが、最終的には予定調和的な終わり方。これは贅沢な悩みだろうか。恐らく、シマはかつて失った家族、とりわけ娘の姿を修道院の少女、ナツに重ね合わせて見ていたところがあって、彼を動かした動機はただちっぽけな理由ではあっても、彼女を守りたい、というひとつで十分だったのでしょう。

奇蹟の表現
奇蹟の表現
posted with 簡単リンクくん at 2006. 6. 8
結城 充考〔著〕
メディアワークス (2005.2)
通常2-3日以内に発送します。

「悠悠おもちゃライフ」森博嗣、読了。(☆☆☆+★?)

2006年06月07日 19:30

 いい大人が遊んでなにが悪い? 「模型工作の資金のため、小説を書き始めた」と公言し、ついには自宅の庭に“私鉄”を開業してしまったベストセラー作家が、優雅にして非凡な趣味的日常を綴る。『ラピタ』連載。

 趣味のために小説の執筆をして(好きなおもちゃを好きなだけ買うために、だなんて稚気なようで実は大人らしいじゃないですか)一応の成功を見た森氏の趣味を考えるエッセイ。なんだかもう論理的に人を諭すような語り口はいつものことなのですが、遊ぶことにこそ一生懸命になるべきだ、という思考回路は多くの大人が見習わないといけませんね。そもそも「趣味」「遊ぶ」という言葉自体が、一般的に言うところの「堕落」「怠惰」と勘違いされそうなニュアンスを含んでいることに気づくのですが、本質を見誤らなければ、人は確かにいつか遊ぶために、いつか自分の趣味の時間を充足させるために(それがその週末の休日であっても)働いているのだと言えるように思います。森氏の言う「趣味」は、(工作が元々中心にあったこともあるとはいえ)創作活動に一番近い性質を持っているようです。それは芸術の創作活動や研究分野の知的捜索活動にも似ていて、利己的であり生産的であり、またそうであるのに自己満足であることを隠さない。その一種、開き直りとも思える確信犯的行為が、趣味人の己を満足させる趣味の時間を過ごす「遊び」なのでしょうね。
 森氏の幾つかのエッセイや日記本などを読んでいる人にとっては、本書の幾らかの話題に見覚えがあるように思うかもしれません。森氏の趣味について語られた本も、また氏が創作者であるがゆえに少なくなく、それらと併せて読むとまた面白いかもしれません。森氏の生に近い声が読める機会は、その著作数によってそう少ないものではなくなってきていますが、それでもやはり独特の語り口は幾らでも角度を変えて物事を捉える視点を持っていて、読み応えがあります。

悠悠おもちゃライフ
森 博嗣著
小学館 (2006.7)
通常24時間以内に発送します。

今日の一言

2006年06月06日 20:18

 2006年6月6日6時6分6秒を確認するのを忘れた。
 もうそういう時間の語呂合わせで一喜一憂するのはやめよう。

「犬はどこだ」米澤穂信、読了。(☆☆☆★+★?)

2006年06月06日 19:32

 犬捜し専門の仕事を始めたはずなのに、依頼は失踪人捜しと古文書の解読。しかも調査の過程で、ふたつはなぜか微妙にクロスして…。いったいこの事件の全体像は? 犬捜し専門(希望)、25歳の私立探偵・紺屋、最初の事件。

 元銀行員の探偵。依頼人に対して妙に腰が低い接客の姿勢はちょっとコミカルで、でも彼の心情を思うとシニカルですね。彼の元に入所してくる半田と共に不承不承の捜査は始まります。全く別口の捜査の依頼は、割とちまちまと進んでいって、盛り上がりに乏しいのですが、少しずつただ事でない様相が見えてくると、静かな狂気が伺えてきて、読むのが止まらなくなりました。少々、半田サイドの捜査が紺屋サイドの伏線のために用意されたエピソードに見える感もありますが、それは許容範囲内。彼らの捜査は当然のように、別々の結果を出すのですが、それと同時に、両者の捜査の過程が様々な伏線として、終盤に物語の中に組み込まれて一気に回収されていく様は見事。
 軽い読み口のハードボイルド…、ハーフボイルド、ってやつかな、と読み進めていくと、実はハードボイルド・ミステリであることに気づかされて愕然とする。これは一種の構成の妙技。まるで紺屋こそが桐子を付け狙っていた「蟷螂」なのではないかと錯覚してしまいそうになる(そんなことはないと確信していながら)、サスペンスフルな桐子との対面シーンは本当にどきどきしてしまいました。そしてそっけなく読者を突き放すようにも受け止められるラストは…、この読後感はあまり見られるものではないですね。冒頭と結末の雰囲気の違いの大きさに感嘆してしまいます。順当な社会生活から本人の十全な意思に伴わず脱落させられた者として、紺屋は失踪人、桐子に必要以上の感情移入をしてしまうのですが、それが何より、本書の一番の致命傷となっているのは明らかなところ。しかしそれによってまた、紺屋は中途半端な便利人の枠を越えて、孤高の探偵であらざるを得ない立場に立たされることとなる。本書のタイトルの本当の意味が、ラストの一文によって明確になるのですが、この一文が、本書の色彩を奇妙なグラデーションに仕立て上げていると言えるでしょう。

犬はどこだ
犬はどこだ
posted with 簡単リンクくん at 2006. 6. 6
米沢 穂信著
東京創元社 (2005.7)
通常2-3日以内に発送します。

「銃とチョコレート」乙一、読了。(☆☆☆☆)

2006年06月01日 22:40

 少年リンツの住む国で富豪の家から金貨や宝石が盗まれる事件が多発。現場に残されたカードには「GODIVA」の文字が。はたして名探偵ロイズは、怪盗ゴディバをつかまえることができるのか!?

 謎の怪盗対、国一番の名探偵。彼にあこがれる子供たちの中で、主人公のリンツもやはり彼に役立ちたいと願い、ゴディバを密かに追うことになるのですが…、移民の血を持つリンツの宿命か、敵は怪盗のみならず、ひょんなことから仲間からも蔑まれることになる…。意外なところから出現する怪盗への手掛かり、二転三転する「怪盗対探偵」の構図、推理小説としても、また少年の冒険小説としても読める上等のミステリ。素直な気持ちで先の読めない展開にわくわくしながら読み進めました。
 ゴディバ、と聞けば大概の人はピンとくるはず。登場人物の殆どがチョコレートに関係がある言葉で、読んでいて舌の上が甘ったるくなりそうになったことを付け加えておきましょう(笑)。極力、漢字表記を控えているのもなんだか好ましいですね。
 中盤、ステレオタイプとも呼べる物語の図式が大きく様変わりします。恐らく読者の殆どが信じて疑わない性質の反転があるのですが、子供騙しではない、ある意味では大人と子供の考え方の違いから生まれる歪みが生んだ展開で、それがこの話をとてもスリリングなものにしているようです。とかく、読み始めた頃と読み終わった後では、本書に登場するあらゆるもののイメージが変わってしまっているでしょう。基本的に冒険物語としての色を前面に打ち出している以上、これはひとつのミステリ的な試み。ゴディバに迫る探偵ロイズが、リンツの母のパンによって危うく殺されかけたけれども、善人でないロイズがパンを捨てたことにより助かっていたことが最後に明かされますが、これはもう皮肉としか言いようがありません
 また、リンツを虐げる一番の役回りとなっているドゥバイヨルのキャラクター造詣が、凄くいい。彼がホテルのシーンの指摘をしたときには、あわや本書の探偵役を務めるのが彼になってしまうのではないかと別の意味でドキドキしましたが、それはありませんでしたね。彼の暴力性は本書でも群を抜いて際立っていて、それは少々強調し過ぎなのではとも危惧するのですが、不思議と本書のバランスを壊すまでには至っていないのが。乙一マジック。
 知略の張り巡らされた「宝探し」には、実は冒頭から彼方此方に伏線が張り巡らされ、本当はリンツの父親が息子に残した一本道の「小さな冒険」が、些細な偶然によってとんでもない形に変わってしまった皮肉めいた冒険であったことにラストでリンツは気づかされるのですが、全身に泥水を被るような思いを散々した後なのに、読後感は悪くないです。やはり「銃とチョコレート」の力なのでしょうね。実にさりげないのですが、巧いタイトルだと思います
 趣向てんこ盛りで、本当、「ミステリーランド」に相応しい一作。

銃とチョコレート
乙一著
講談社 (2006.5)
通常24時間以内に発送します。


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