廃墟マニアの郡司朋成と栗城洋輔は、同じ大学に通う真知花梨に招かれて鈴鳴村にやって来た。天才絡繰り師によって、120年後に作動するように仕掛けられた謎の絡繰りとは? コカ・コーラ120周年記念作品。
森博嗣氏とコカ・コーラ社の、コラボ作品にして、森博嗣作品、記念すべき初の映像化に向けたドラマの原作本。「カクレカラクリモリヒロシ」と並べられた表紙が面白いです。2時間ドラマになるようですが、それが明確にミステリ色を打ち出したものになるのかどうかは、本書を読んでみてどうとも言えません。ひと夏のミステリ…、というよりは、「ひと夏のミステリー」。それくらい、いち小説としての「この話は何処へ向かうのか」という意味での方向性は、これまでの森氏の小説と比較しても独特の印象を抱かせます。なんだか妙にレトロジカルな感じがする。
もしかすると彼らの影響なのかもしれません、現代では摩滅しようとしているものを趣味で探求する大学生が主人公。天才絡繰り師によって封じ込められ、120年もの沈黙を超えて、今まさに動き出さんとしている隠れ絡繰り。ひょんなことからその存在を知った、ちょっと変わった、けれども普通の青年たちが、興味本位から少しずつその機構の持つ謎の深みへとはまっていく様子は、ちょっとした冒険物語の様相をも呈しています。如何にも学生らしいノリで、「あわよくば」好意を持った異性とお近づきになりたい、という淡くも後ろめたい動機がそもそもの発端であるので、物語のタッチはライトです。
隠れ絡繰り、そのものが持つ大きな謎…、何処にあるのか、は勿論、それはどのような原動力で沈黙から蘇るのか、といった議論が幾度もされますが、このディスカッション(?)が個人的には一番読んでいて興味を惹かれました。現実的な回答を森氏が披露してくれるのか、それとも非現実的なファンタジーがそこにあるのか…、それは、本書を読んでのお楽しみ。一方で、村のそこかしこから、ある奇妙な図が幾つか提示されます。これは一見、些細なパズルにも思えます(作中の「
丸四角三角の鍵」などは、恐らく実際に製作可能なのでしょうが、森氏の遊び心でしょう、明確な記述はされていませんね。本書が映像化されるのであれば外せないアイテムであるので、是非モデルを拝見したいところ)。けれども、村の中にあるふたつの旧家の対立を絡めて考えると、ここには多分に、ミステリ的な「暗号」の意味をも備えているとも言えそうです。
最後の最後で、主人公たち(子供たち)の知らないところで交わされる、老人たちの会話。これこそがまさに隠れ絡繰りの作られた真意であり、本書における一番のサプライズ、森博嗣流のツイストの利いたギミックでしょう。これがあることによって、本書は思わぬタイミングでミステリとしての色を重ね塗りされている。
磯貝先生の告白がいささか唐突なように思えたのですが、そこは逆に「そのタイミングが一番ドラマとして盛り上がるなあ」と思ってしまいました。
ここまでは森博嗣氏がライトミステリを書いた、みたいな印象で終わるのですが、忘れてならないのが、本書がコカ・コーラ社とのコラボ作品であるということ。「120年の時を経て蘇る隠れ絡繰り」という謎に、レトロ好きの若者が挑む、というだけでも、もうそこには今と昔を繋ぐ一本の線が見受けられます。それが細く頼りないものなのか、太く強靭なものなのか…、これが同時に成立する不思議を、読者(視聴者)は目の当たりにすることになるでしょう。
あと…、同社に森氏が依頼されて本書が書かれた、というポイントが痛いほどに伝わってくるある描写があるのですが、それは暗に匂わせるだけにしておこう…。もう、本当、これがミステリのメイントリックに用いられているのではと途中まで楽しみにしていたのですが、それは流石に叶いませんでしたね(
サブリミナルかよ、と一応、突っ込んでおこう)。あと、同じ事情でしょう、本書は
人が死ぬミステリではないですね。コアなミステリ読みにとっては、少々退屈な「事件」かもしれません。
しかし、本書が一体、どのように映像化されるのか。森博嗣ファンとしては、やはりそれがとても気になるところです。
森 博嗣著
メディアファクトリー (2006.8)
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