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今日のフォト:「今年もお世話になりました」

2006年08月31日 22:36

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「夢喰見聞・8」真柴真、読了。(☆☆☆☆)

2006年08月31日 22:28

 めくるめく、繰り返される悪夢の「絵解き」。昼夜を問わずに夢喰いの獏に持ち込まれる悪夢も、最早、五十を数えようとしている。しかしそれも、本来ある未曾有の夢のほんの一握りに過ぎないのに決まっているが。無尽蔵に存在する夢の中で、獏の興味を惹くものは、やはりほんの一握り…、否、それがどんなものであったとしても、獏の絵解きが叶うというだけでも幸せなことなのかもしれない。無論、その中の幾らかは、夢の真相が明るみになるべきではなかったものも、また数多いのだが。
 無意識が作り出す夢は、当人の隠れるところのない本心が浮かび上がることが往々にして多い。ゆえに、人の人に向ける黒い本心の多くには、相手を亡き者にしてしまいたいという強い欲望が絡むものが多くなる。それは人生という大伽藍の書物の中の作中作の如く、読む者を解釈するに惑わせる。彼が彼女が、本心では一体どのようなことを考えているのか、などと、第三者が分かりようもないことなのだが、こと夢に入り込むことの出来る蛭弧にかけては、その不可能な「夢の解釈」が可能になってしまう。これは物凄く怖いことで、「夢に介入出来る存在」は、その者の意思さえ伴えば、「夢を見る者の意思に介入せらるる存在」ともなり得るということ。悪夢は、そうしてより強い悪夢となる。それは本来変わりようもない、その言葉全くそのままの意味となってしまうから、怖いのだ。
 夢物語を紐解く様を、ただただ楽しく読んでいる僕たちは、本当に幸せなコチラの世界の住人だということをふと認識してしまう。一体誰が、コチラの世界が夢の世界でないと証明出来るだろう。そんなメタフィクションでSF街道まっしぐらな冗談すら口をついて出てしまったら、最早この物語の虜、しばらくは抜けられそうもない。

 「昇降機」の姦計にも口許がつい上がってしまったのですが、一番のお気に入りは「温泉宿」の悪夢。まさにミステリにおける「見立て」でゾクゾクしました。次巻で物語に大きな動きがありそうなのですが、はてさて。

夢喰見聞 8
夢喰見聞 8
posted with 簡単リンクくん at 2006. 8.31
真柴 真
スクウェア・エニックス (2006.8)
通常24時間以内に発送します。

「カクレカラクリ」森博嗣、読了。(☆☆★)

2006年08月28日 19:05

 廃墟マニアの郡司朋成と栗城洋輔は、同じ大学に通う真知花梨に招かれて鈴鳴村にやって来た。天才絡繰り師によって、120年後に作動するように仕掛けられた謎の絡繰りとは? コカ・コーラ120周年記念作品。

 森博嗣氏とコカ・コーラ社の、コラボ作品にして、森博嗣作品、記念すべき初の映像化に向けたドラマの原作本。「カクレカラクリモリヒロシ」と並べられた表紙が面白いです。2時間ドラマになるようですが、それが明確にミステリ色を打ち出したものになるのかどうかは、本書を読んでみてどうとも言えません。ひと夏のミステリ…、というよりは、「ひと夏のミステリー」。それくらい、いち小説としての「この話は何処へ向かうのか」という意味での方向性は、これまでの森氏の小説と比較しても独特の印象を抱かせます。なんだか妙にレトロジカルな感じがする。
 もしかすると彼らの影響なのかもしれません、現代では摩滅しようとしているものを趣味で探求する大学生が主人公。天才絡繰り師によって封じ込められ、120年もの沈黙を超えて、今まさに動き出さんとしている隠れ絡繰り。ひょんなことからその存在を知った、ちょっと変わった、けれども普通の青年たちが、興味本位から少しずつその機構の持つ謎の深みへとはまっていく様子は、ちょっとした冒険物語の様相をも呈しています。如何にも学生らしいノリで、「あわよくば」好意を持った異性とお近づきになりたい、という淡くも後ろめたい動機がそもそもの発端であるので、物語のタッチはライトです。
 隠れ絡繰り、そのものが持つ大きな謎…、何処にあるのか、は勿論、それはどのような原動力で沈黙から蘇るのか、といった議論が幾度もされますが、このディスカッション(?)が個人的には一番読んでいて興味を惹かれました。現実的な回答を森氏が披露してくれるのか、それとも非現実的なファンタジーがそこにあるのか…、それは、本書を読んでのお楽しみ。一方で、村のそこかしこから、ある奇妙な図が幾つか提示されます。これは一見、些細なパズルにも思えます(作中の「丸四角三角の鍵」などは、恐らく実際に製作可能なのでしょうが、森氏の遊び心でしょう、明確な記述はされていませんね。本書が映像化されるのであれば外せないアイテムであるので、是非モデルを拝見したいところ)。けれども、村の中にあるふたつの旧家の対立を絡めて考えると、ここには多分に、ミステリ的な「暗号」の意味をも備えているとも言えそうです。最後の最後で、主人公たち(子供たち)の知らないところで交わされる、老人たちの会話。これこそがまさに隠れ絡繰りの作られた真意であり、本書における一番のサプライズ、森博嗣流のツイストの利いたギミックでしょう。これがあることによって、本書は思わぬタイミングでミステリとしての色を重ね塗りされている。磯貝先生の告白がいささか唐突なように思えたのですが、そこは逆に「そのタイミングが一番ドラマとして盛り上がるなあ」と思ってしまいました。

 ここまでは森博嗣氏がライトミステリを書いた、みたいな印象で終わるのですが、忘れてならないのが、本書がコカ・コーラ社とのコラボ作品であるということ。「120年の時を経て蘇る隠れ絡繰り」という謎に、レトロ好きの若者が挑む、というだけでも、もうそこには今と昔を繋ぐ一本の線が見受けられます。それが細く頼りないものなのか、太く強靭なものなのか…、これが同時に成立する不思議を、読者(視聴者)は目の当たりにすることになるでしょう。
 あと…、同社に森氏が依頼されて本書が書かれた、というポイントが痛いほどに伝わってくるある描写があるのですが、それは暗に匂わせるだけにしておこう…。もう、本当、これがミステリのメイントリックに用いられているのではと途中まで楽しみにしていたのですが、それは流石に叶いませんでしたね(サブリミナルかよ、と一応、突っ込んでおこう)。あと、同じ事情でしょう、本書は人が死ぬミステリではないですね。コアなミステリ読みにとっては、少々退屈な「事件」かもしれません
 しかし、本書が一体、どのように映像化されるのか。森博嗣ファンとしては、やはりそれがとても気になるところです。

カクレカラクリ
森 博嗣著
メディアファクトリー (2006.8)
通常24時間以内に発送します。

ナツバテー

2006年08月25日 17:14

 大概、日記のタイトルはその日の日記を書こうとした、編集のページを開いた、まさにその瞬間に脳裏に浮かんでいたフレーズがカタカナで記されているのが殆どで、つまりはその日、一日を総括するに気の利いたフレーズが思い浮かばないだけなのだということ。僕の語彙のレベルも落ちたものです。
 しかし…、「現代人は本を読まなくなった、昔に比べて活字を読まなくなったから、語彙が減っている」というのは、ここ最近のことではなくて、もう十数年も前から言われていることのようにも思うのですが…、インターネットがここ数年で大普及して、横文字テキスト主体のウェブサイトを、日々多くの人が目にしている。ウェブのログ、ブログもここ数年で大普及していて、沢山の人がウェブ上でテキスト主体の記事を書き、またそれと同等、或いはそれ以上の人がそれを読んでいる。日本人の平均的なネットユーザは、日刊の新聞を読み切るに相当する活字量を少なくとも目にしているのではないか…、そんな推察すら出てきます(正確なところ、イメージなので、真偽は定かではない)。だから現代人は、もしかするとかつての比ではないテキスト社会、活字社会の中にいるのかもしれません。音声を消し、テロップを排したテレビ番組は、極端に情報量が縮小される。テレビよりもラジオの方が、受け止める側の情報の吸収率が高いのと相対しています。映像がないラジオは、音声でしか表現が出来ないために、ニュースなどはテレビに比べ、明らかに重要な部分だけを述べるために、必然的に簡潔になるから。昨今のあらゆるテレビ番組が「テロップに頼っている」なんて言われるのは、視聴者が「映像の垂れ流し」に向ける意識の減少によるところもあると思われます。これらとウェブの一番の違いは、視聴者の側が情報を選択出来るというところにあるでしょう。興味を持った記事は熟読し、自分に必要のない情報はクリック一つでシャットアウト出来る。そうやって情報の検索及び取捨選択が容易なところが、何より利便的。

 こんなこともまあ、僕が言うより以前に、余程多くの人が言及していることで…、僕は僕でまた、過去に幾度か言及しているに違いない。要は、ウェブの閲覧、という行為は、基本的に個人主体のものであるということ。同じ記事を非常に多くの人が閲覧し、同調または批判の意見を共有し、それを己のウェブに反映させていく。その「反映」が、今日盛んなトラックバックのように、単に「こんな記事があります」という紹介のみで終わっていると、意見の共有は「共有」のみで終わってしまうことが多い。テレビやラジオを見聞きした人同士が、「こんなことあったよね」と話し合って楽しめる、という程度。けれどもその「程度」が普通のことなのです。その気軽さを維持していて構わない。その一歩先、ある意見を目にして、己の考えを等しく万人に主張することが出来るチャンスが、ウェブにあると言えるでしょう。ちょっと面白いことを考えた人が、その「一歩先」で多くの人を待ち受ける。ウェブの面白さは、そこにもあります(まるで知ったような口を利くな)。

 というわけで、「ナツバテー」とタイトルを打って日記を書いていたつもりが、テキスト打ち込みのリハビリも兼ねて雑記に変貌。適当に書いていたつもりが次第にまとまりきらなくなってきたので、適当なところでやめておく。

「アカギ」鑑賞。(☆☆☆☆☆)

2006年08月22日 20:24

 原作は未読。しかし麻雀アニメなのにこれは面白過ぎる。登場人物の個性が濃過ぎるほど濃くて、しかし見る者にとって痰のようには絡まない。麻雀というゲームが人の生き方そのままになぞらえるようにして表現されているために、ただの「ゲーム」だけでは終わらない。それなのに各々の対決には幾重にも張られた伏線的遣り取りが強い緊迫感と共に続いていて(実際、一局が数話にまたがることもしばしば)、それが全く間延びしていないのだから凄い。凄みである。
 26話で終わりというのは本当に惜しい。鷲巣麻雀編が物凄く長くて、駆け引きの複雑さと心理描写の緻密さを併せるために13話掛けて4回戦の進行に留まり、その上最終話までに収まりきれなくて驚愕必至の輸血トリックが明かされなかったのが残念。
 ファンであるほどに叫びたくなるラスト。しかし僕としては全く不満はない。
 福本最高。

今日のフォト:「光と緑」

2006年08月17日 22:01

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「先輩とぼく」沖田雅、読了。(☆☆☆+★?)

2006年08月15日 13:56

 寸感。

 宇宙人にさらわれた少年少女、人格とっかえラブコメ。彼らを取り巻く友人知人たちも、一筋縄ではいかない者ばかり。そりゃもう最初から最後までテンション高ッ! で突っ走る、SFラブコメ。あくまでファンタジーではなくてSFなのです。ここ注目。
 ある部分から、本書から受ける印象はありがちで単調なドタバタハイテンションコメディとはちょっと違った様相を見せるのです。沖田氏は後書きにて、本書を書き始めた切っ掛けは、始まりと終わりの部分を思いついたのでなんとなく、みたいなことを言っているのですが…、このアイデアなら物語全体を貫く伏線として、本書がSFラブコメである必然性を抱くのに十二分であるし、物語そのものは小さな話の積み重ねで、「先輩とぼく」を主軸とした物語の本筋とは唐突に脇にそれるものがあるようでいて、後から不意にそれらが伏線として生きてくる。すなわちコメディ9割の中に潜ませたシリアス1割…、「先輩とぼく」の恋愛物語としての本質的なところが明らかになっていく展開、の効果も抜群です。
 「電撃ゲーム小説大賞」の銀賞を受賞した作品に大幅加筆されて出版された本書。惜しむらくは、句点の少なさからくる文章の読みづらさが折角の物語のテンポを削いでいることと、検閲の見落としなのか著者ゲラ校正が不慣れなためか、あちらこちらに文法、文章のミスが見られて、どうなのかな、と思ってしまったわけですが。

先輩とぼく
先輩とぼく
posted with 簡単リンクくん at 2006. 8.15
沖田 雅〔著〕
メディアワークス (2004.2)
通常2-3日以内に発送します。

「空飛ぶ馬」北村薫、読了。(☆☆☆★)

2006年08月15日 13:33

 寸感。

 「日常型ミステリ」とでも呼べるのでしょうか、論理的思考による謎解きを主体とした小説をミステリと呼ぶのならば、本書は間違いなくミステリ。日常の中に紛れ込んだ謎…、というよりも、日常の中からふと、見つけ出され、取り出された謎…、なのだろうか。
 大学生の女性が主人公である、私小説としての「小説」としても数々の含みを持った作品であり、それゆえにミステリ小説をミステリ小説たらしめるところの弱点にもなり得る日常と非日常とのバランスが、巧いこと噛み合っているのが旨みになっていますね。

空飛ぶ馬
空飛ぶ馬
posted with 簡単リンクくん at 2006. 8.15
北村 薫著
東京創元社 (1994.4)
通常2-3日以内に発送します。

今日の一言

2006年08月14日 14:42

 禁煙失敗。(えー)

「おうちでごはん・2」スズキユカ、読了。(☆☆☆★)

2006年08月13日 13:38

 1巻よりも「美味しそうなごはん」が沢山登場しているように思うのは、多分1巻を読んだときに思った、「意外に簡単に作れそうな料理のレシピ」がそこかしこに書かれていることから受ける印象もあるのだと思う。実際、コータ(一身上の理由により、彼をカモ、とはとても呼ばないなあ)の作る料理は、なんだか家庭的で牧歌的ですらあって、「お腹が空くから美味しいごはんを食べる」という至極もっとも…、もっとも過ぎるストレートな動機付けによる「ごはん」(←ゴハン、でも御飯、でもないなあ)という名のひとつの当たり前の行為を描いているから、ほのぼのとしていてとても真っ直ぐな感じなのです。ただみんなでごはんを食べるだけの話なのに、こんなに読んでいて癒されるような気分に陥るのは何故?

おうちでごはん 2
スズキ ユカ
竹書房 (2006.7)
通常24時間以内に発送します。

「PSYCHO+・1・2」藤崎竜、再読了。(☆☆★)

2006年08月13日 13:27

 10年ぶりに再読。
 ちょっと変わった超能力モノなのに第8話からが明らかに打ち切りの煽りを食らった尻切れトンボで全く全体的に盛り上がらない。
 2巻の読み切り「DIGITALIAN」が面白い。

PSYCHO+ 1
藤崎 竜著
集英社 (1993.6)
通常2-3日以内に発送します。

「夜のピクニック」恩田陸、読了。(☆☆☆)

2006年08月13日 13:23

 高校最後のイベントに賭けた一つの願い。あの一夜の出来事は、紛れもない「奇跡」だった、とあたしは思う。ノスタルジーの魔術師が贈る、永遠普遍の青春小説。『小説新潮』隔月連載を単行本化。

 寸感。

 成る程、これは紛うことなきノスタルジィ溢れる青春小説だ。

夜のピクニック
恩田 陸著
新潮社 (2004.7)
通常24時間以内に発送します。

今日の一言

2006年08月12日 13:58

 禁煙はじめました。

「人生劇場」三浦しをん、読了。(☆☆☆)

2006年08月11日 13:45

 身持ちはかたく、身のまわりは(なにかと)騒がしい二十代(後半)。プレーンな日常を「非日常」に変えてしまうマジカルなツッコミと冴えまくる嗅覚。『週刊新潮』も白羽の矢を立てた気鋭作家の身辺雑記集。

 日常の中に非日常を見出す達人でもある三浦氏なのだけれど、本書を読んでいるうちに気づいた。これは「健全な妄想」なのだ。

 感想は後程ー。

人生激場
人生激場
posted with 簡単リンクくん at 2006. 8.11
三浦 しをん〔著〕
新潮社 (2003.10)
通常1-3週間以内に発送します。

今日のフォト:「夏空など」

2006年08月11日 13:36

 夜明け前。普段は見えない群青の空。
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 雨がガラスに流れて歪む柵。
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 フジヤーマ。山小屋が転々と。
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 小枝。
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 朝焼け。普段は見えない赤紫。
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今日の一言

2006年08月08日 14:47

 紅葉マークのポルシェだったら許せるのに、
 若葉マークのベンツが許せないのはどうしてだろう。

「赤い指」東野圭吾、読了。(☆☆☆☆+★?)

2006年08月08日 14:40

 この家には、隠されている真実がある。それはこの家の中で、彼等自身によって明かされなければならない――。犯罪を超えたその先に、本当の闇がある。2日間の悪夢と、孤独な愛情の物語。

 雑感。

 リーダビリティ、という言葉が時々書評では用いられるけれど、東野圭吾に関してはこれが抜群に巧いといつも思わされます。本書は決して「長い長編」ではないけれど、するすると一気に読み終えてしまいました。本書は、加賀恭一郎刑事シリーズ、と呼んで差し支えないでしょうか。幾つかの長編や短編で怜悧な推理を見せてくれた彼の、探偵でも刑事でもない、ひとりの男としての側面を見ることが出来るのが本書でしょう。
 本編中でも称されるのですが、ある犯罪に関し、邪悪な計略が図られ、そして実行されます。ひとつの犯罪の先にある、その犯罪そのものよりももしかすると非難され得るべき、もうひとつの犯罪行為。犯人側の視点と探偵側の視点が交互に語られる、ザッピング式の倒叙スタイルが取られていて、これは直木賞を取った、ひとつ前に書かれた作品「容疑者Xの献身」と何か通じるところがあるように思います。踏み込んで言えば、「X」ではひとりの男が一人の女性のため、ひとつの家族のために、自らを犠牲にして犯罪を企てたのに対して、本作ではひとりの男が、自らの保身と過去の呵責の払拭、或いは脱却のために、息子をかばい、母親を犯罪者に仕立て上げようとする。なんだか多くの点で相対する、または相反するところがあるように思えます。少年犯罪(そして高齢者犯罪)、認知症とその患者を抱える家族、といったテーマが重く、社会派ミステリとしての側面も強く併せ持っているのが東野ミステリ。中盤、犯人が仕掛けようとするトリックが割と読者に分かりやすいのではと思うのですが、これは本書を構成する上では大掛かりな捨てトリックであるようです。最後の最後に明らかになる、「認知症を演じていた老人」という発想の飛躍によるギミックが強烈な一撃をもたらすために、いろんな意味で胸を打つのです。単なる謎解きミステリだけでは終わらない…、終われない一歩進んだ深い部分を抉るように描くのが巧いのだと思われます、いつも。

赤い指
赤い指
posted with 簡単リンクくん at 2006. 8. 8
東野 圭吾著
講談社 (2006.7)
通常24時間以内に発送します。

「モリログ・アカデミィ・2」森博嗣、読了。(☆☆☆☆)

2006年08月08日 14:01

 寸感。感想は後程。

 ブログの文庫版、第2弾。森博嗣氏の例によって冷徹で冷静な、けれどもまったりほのぼの、日常的講義のような日記のような。

モリログ・アカデミィ 2
森 博嗣著
メディアファクトリー (2006.6)
通常1-3週間以内に発送します。

「おうちでごはん・1」スズキユカ、読了。(☆☆☆☆)

2006年08月04日 14:21

 寸感。感想は後程。

 もうとにかく美味しくごはんを食べるお話が詰まった本。
 ギャルソンエプロンなコータ、ラヴ。
 レシピがあるともっと良かったかな。

おうちでごはん 1
スズキ ユカ
竹書房 (2005.5)
通常24時間以内に発送します。

今日の一言

2006年08月03日 20:12

 先々週買った「99%カカオチョコ」(45グラム)が、半分から減りません。

 →「チョコレート効果」製品情報

今日の一言

2006年08月03日 19:32

「すみません、遅刻しました!」
「どうして遅れたんです」
「ホエーパウダーの成分を調べていて…」

「今日の一言」風味

2006年08月02日 22:02

 お風呂に入っていたお祖父ちゃんが、
「風呂がぬるいからお湯を足してくれ」
 というので、カランからお湯を足していたんです。カランっていうのはようするに蛇口のこと。デジタルで温度を自分で設定して、水もお湯も出せるんです。昔はそういうの、なかったからなあ。
 それで、しばらくしたら、お祖父ちゃんが、
「いい加減にしてくれ」
 ってゆーっくり言ったんです。僕はどうすればいいんでしょう?
 まだお湯を出すべきなんでしょうか。
 それとも、今直ぐにお湯を止めるべきなんでしょうか。

今日の一言

2006年08月01日 21:07

「言っても分からない人」と、
「言わなきゃ分からない人」は、
 同義的である場合もある。
[今日の一言]の続きを読む

ジャンル

2006年08月01日 21:00

 ほぼ毎日、御飯の後に「ムーミン一家」見てます(笑)。今日は、ムーミン谷に冬が来て、スナフキンが南へ旅立つときの話。ムーミンがスナフと一緒に旅に行きたいと頼むのだけれど、スナフは「僕はひとりになるために旅に出るんだ」と言って、ひとりで発つのです。しょぼくれるムーミン。ていうかこのふたり、やたらイチャオチャしているように見えて仕方ないのですが。アニメのお決まりとして、話をするときにやたら相手の名前を呼ぶので余計な意識が働いているのではと、それこそ余計な勘繰りをしている腐った人間がここにひとり。
「スナフキンがいるから人気あるんだよ、『ムーミン』」
 って相方さんが教えてくれました。成る程。
「『ムーミン』はないけど、『スナフキン』はあるよ」
 って相方さんが教えてくれました。成る程。
 何の話かって?
 知る人ぞ知る、「ジャンル」の話。


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