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晦日

2011年12月31日 23:18

 コンコン、ノックの音。
「はい」
 出ると、僕と同じ姿をした人。彼は言う。
「年が替わるから、来たよ。一年間、ご苦労様」
 僕たちは部屋の中と外を入れ替わる。僕は言う。
「後をよろしくね」
「きみはこれから何処へ?」
「さあ。きみだって、何処から来た?」
「お互い様だね」
「全くだ。よいお年を」

 というショートショートを書いて本年の締めにしようと思ったのですが、気力が続きませんでした。無念。

 皆様、よいお年を!
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【△】「アベラシオン」篠田真由美

2011年12月31日 22:31

 冬のヴェネツィア、華やかなパーティのさなかに起きた奇妙な殺人事件。目撃者の日本人留学生藍川芹は、やがて事件の関係者からの招待を受け、北イタリアの山中にそびえる聖天使宮(パラッツォ・サンタンジェロ)を訪れる。その正五角形の宮殿で凄惨な連続殺人が!構想10年、建築探偵シリーズ読者必読の篠田ミステリの集大成。

 ということで、読みました。
 イタリアの美術と歴史と宗教にまつわる薀蓄がてんこ盛りで、なかなかストーリーを追っていくのに根気がいる。というか、登場人物が逐一、丁寧に歴史を物語るために、物語が遅々として進まない印象が常に付きまとうために、単純にミステリが読みたくて本書を紐解く人にとっては、結構気力がいる一冊となりそうです。というかというか、本書は上下巻の前編で、事件らしい事件は幕を上げたばかり(だと思う)。ノベルス2段組400ページで、丁度折り返し地点。篠田氏が大伽藍を築こうとしているのだけは分かる。この先に何が待つのか…。


30作追加

2011年12月27日 17:02

 10ヶ月ぶりにサイトの更新をしました。
 更新というか、ブログで書き溜めたショートショートから、それなりのものを選んで手直しして移しているだけの作業なのですが…、しかしまあ、1年に1度くらいは手を入れておかないと荒れてしまいそうな気がするものです、ホームページというものは。人の住まない家と違って、ほったらかしたらそのままの状態で放って置かれるので、それはそれで居た堪れないものがありますね。
 そんな感じで、こんな時期なのでお歳暮だと思って、少しでもお楽しみ頂ければと思います。

http://canarycage.fc2web.com/

 敬白。

107

2011年12月27日 00:00

「お疲れ様」
 十七時を大きく回ったとはいえ、今年度最後の書類の整理、整備も完了した。課長の印鑑とサインは全て済ませられ、彼は私の運んだ煎茶を飲み一息ついている。先だって部屋に顔を見せた部長は課員一人一人に労いの言葉を掛けながら既に退社へと向かっているだろう。我々の中にもそれ以上の無駄な残業をする者はいないはずであり、私は課員の中で一番の若輩者として、最後の最後に給湯室で皆の湯飲み茶碗やらマグカップやらを洗う仕事を片付ければ本年の仕事納め、というわけである。年明けは三日の午後から出社する者が若干、四日からが半分、五日にはほぼ全ての課員が仕事に取り掛かる。それまで、しばしの正月休みである。
 皆に呼び掛けるようにして声を出し、立ち上がったのは黒谷課長である。
「さて、ちょっといいかな、皆」
 そう言って、注目を集める。
「今年の仕事納めだけど、知っての通り、駿河に先日決まった。年明けの仕事始めまで、よろしく頼む」
 蓮向かいに座った駿河さんに掌を向けた。駿河さんも立ち上がって皆を見渡し、
「よろしくお願いします」
 と笑みを浮かべた。仕事納めが決まった? 今年の仕事が終わったから仕事納め、ではないのか。まだ、何かこの後に誰かに任される仕事がある、ということなのだろうか。
「決まった、って、どういうことですか」
 私は隣の机の折本さんに尋ねる。
「ああ、斉木は今年入ったばかりだから知らないんだね。東京からだっけ?」
「そうですけど」
 私はこの課の中で一番若いとはいえ、東京の本社からの出向という扱いになっている。系列会社の中で、本社とは違う慣例的な実務やら行事やらが存在する、というのはよくあることで、それが都心と地方で異なるケースも、やはりままあることである。
「じゃあ、知らないのも無理ないな。こっちではね、うちの会社だけじゃなくて、割とよくあることなんだよ」
「『仕事納め』ですか」
「そう。その年の業務が終わった日の夜から、翌年の仕事始めの朝まで、ひとりが代表として番をするんだ」
「番?」
 いまいち、ピンと来ない。まさか、留守番の『番』ということなのだろうか。そうすると、駿河さんは今夜からこの事務所に泊り込むということなのか。それはまた、どうして。
 黒谷課長は、足元から大きな紙袋を取り出して、駿河さんに手渡した。周りの者を交えて駿河さんは机に置かれた袋を覗き込む。どうやらその中にはミネラルウォーターのペットボトルや、日本酒の一升瓶といった飲料水が入っているらしい。
 やはりそちらを眺めつつ、折原さんは続けた。
「防犯対策とかじゃないよ。まあ、現代では実質的に、それも有り得るかな、というくらいだけど……、斉木は、商売の神様って知ってる?」
「……恵比寿様ですか」
 うろ覚えに私が答えると、折本さんは頷く。
「まあ、えびっさんだけということでもないんだけどね。まあ、どなた様でもいいんだ、誰が誰を信仰するかというのは、人それぞれ自由だからね」
 私は曖昧に頷く。
「それはここでも同じ。神様がどなた、ということは重要ではない。大事なのは、誰が、その方の代わりにその方を休ませて差し上げるのか、ということなんだ」
「休ませてあげる?」
 私の発言は疑問符が付いて回る。しかし、『仕事納め』とやらが何を意味するのか、なんとなく、分かり掛けてきたような気がした。神様への休暇を、日頃世話になっている人間が献上する。そういうことなのだ、きっと。
「お盆休みも、ゴールデンウィークも、勤労感謝の日も、勿論、正月も、人間は好きなときに、自分で選んで休むことが出来る。でも、神様には休みがない。神様が平穏な勤労と報酬を与えてくれているのだとすれば、これは不公平だ。そう考えた昔の人がいたんだね。それで、神様にも仕事納めを差し上げることとした。営業所内、部内、課内、そういったところから代表の者を選出して、年末年始、その場の『番』をするわけさ。そうして、神様にはゆっくりと休んでもらう。新しい年のご利益を得るためにね」
 これは供物だ。人身御供。私がそう思ったのは、折本さんが駿河さんを見ながら、こう言ったからだ。
「年末年始、彼は水と酒だけでこの事務所で過ごさなければいけない。御節や餅は当然、お預けだ。文明の産物である、電気、水道、ガス、電話、そういったものは一切使えない。服装は勿論、仕事着だ。スーツに精々、コートを羽織るに留める。今夜、我々が仕事を収めたならば、次に正式に仕事始めが行われるまで、彼は誰とも口を利いてはならない。親兄弟が亡くなったとしてもね」
 流石に私は仰天する。殆ど飲まず食わず、他人との交流も遮断。完全に浮世である。そこまで厳密に行われる儀式であるというのか。私の驚いた顔を見て、折本さんは面白いものを見るように笑った。
「おかしいと思う?」
「ええ、正直」
「でもね、そうでなくてはいけないんだよ。そうでなければ儀式にならない。言葉だけの『お疲れ様』だなんて、人と人とのおべっかでしかないって、神様は誤解するかもしれないだろう。きちんと形にして現わさないとね」
 神様ならば、心からの日頃の感謝を現わせば分かってくれるのではないか、そう私は思ったのだが、しかし、『心からの感謝』とは一体、何なのだろう、とも思う。どうすれば、心からの感謝を現わすことなど、出来るのだろうか。直ぐには思いつかない。ある意味、苦行であるかもしれない儀式と引き換えに、安心して神様に休んでもらいたいという人間の側の計らいがそうさせるのであれば、私は何も否定することは出来ない。
「まあ、今となっては、神様を信じて、という本質的な部分をどれくらいの人が信じ切ってやっているのか、分からない儀式なのかもしれないけどね……、でも、この地方では大抵の企業で、こうやって、毎年毎年、『仕事納め』は確実に励行され続けているんだ。割り当てられるのは、身体的に十分健康で、普段、実務において有望な若手株が慣例」
 それで、黒谷課長より駿河さんが選ばれたのか。今年度上半期の業績が課内トップであり、来期には昇進が濃厚であるという彼の、これは昇任試験の一種のような位置付けであるのに違いない。私以外の皆が普通に彼の『仕事納め』役を受け入れ、またこの奇妙な儀式の存在を当たり前に行っていることを考えれば、そう納得するしかない。
「本当に、お疲れ様、ですね」
 私はそう言うことしか出来なかった。黒谷課長の年末の訓示と、駿河さんの『仕事納め』への意気込みを聞き流しながらの折本さんのレクチャであったが、非常に興味深い土着文化はちょっとしたカルチャーショックを私に与えていた。今年の年末は、何も考えずに気楽に休むことが出来なくなりそうな気がする。私が炬燵に潜ってテレビを眺めている間、駿河さんは何をするでもなく、事務所に座って寒さに震えているのかもしれない。
「そうなんだよね。いつの世も、最後の最後まで、いつまでも、誰かが、お疲れ様なんだよ」
 折本さんは、しみじみとそう言った。

106

2011年12月26日 00:00

 テラスに出て一服していると、大豆生田が走ってきた。
「五十公野」
 やたら息せき切って来るので、少し驚いてしまう。
「大豆生田、どうした?」
「いやあ、探した探した、さっきから一七夜月さんが呼んでるぞ」
「一七夜月さん? 何の用だろう」
「兎に角、五十公野をさっさと探して呼んで来い、って言うからさあ、矢鱈走り回ったよ」
「悪い悪い、サボってたわけじゃないんだけどな、直ぐ行くよ」
「頼む。七五三石とかも最近、ピリピリしてるからさ」
「年末だからな、色々立て込んでるんだろうよ」
 だろうね、と大豆生田は僕の代わりを務めるようにポケットから煙草を取り出した。
 彼を尻目に、僕は部屋へ急ぐことにする。
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たまには雑記

2011年12月25日 16:14

 現代社会では、良くあること。特に、実際に実像である姿を見られたことのないインターネットにおける友人知人、という間柄であると、相手のことを良く知っているようでいて、実は全然良くなんて知らなかったのだと思い知らされることだって、ままあるのである。
 数年来の友人知人に、あるとき、こんなことを言われて、びっくりする。
「え、お前(/貴方、きみ)、男(/女)だったの!?」
 そうすると、こちらは大抵、なんとなく醒めた口調で、こう答えるしかない。
「そうですけど」

 相手もそれを知ったときにはびっくりしたのだろうが、偽っていたわけではないのだ。何らかの理由があって、性別や身分を偽っている、或いは、偽る理由はないのだが、意図的に性別や身分などを自ずからは口にしない、という遣り方をもってして、キャラクターを不透明にする楽しみを持ちながらネット社会で過ごす人間は、割と多いのである。
 また、日本語の面白いところで、こんな場面もあるかもしれない。

 数年来の友人知人に、あるとき、こんなことを言われて、びっくりする。
「え、お前(/貴方、きみ)、男(/女)じゃなかったの!?」
 そうすると、こちらは大抵、なんとなく醒めた口調で、こう答えるしかない。
「そうですけど」

 これは前者と全く同じ意味合いである。
 しかし、混乱が混沌を呼ぶ、という意味では、前者よりもいささか、タチが悪いと言えようか。

105

2011年12月25日 16:01

「どーすんだヨ、これ」
 僕は眼前に広がった光景に唖然として彼に呼び掛けた。
「だって、仕方ないじゃない、誰ももらってくれないんだモノ」
 湯原は答えて、箱のひとつを開けた。中から引っ張り出したのは真っ白な土台にオレンジやらメロンやらイチゴやらがゴテゴテと乗っかった、デコレーションケーキ。ホールケーキは何号、と呼ぶらしいことは知っているが、これは直径二十四、五センチくらいだろうか。一個当たり、何人前なのだろう。カラフルなローソクが何本か一緒に出されたが、湯原は、
「これは、イイヤ」
 と言って、ゴミ箱に放り投げる。
 一般人なら、まさか、という光景がそこにはある。そう、デコレーションケーキの箱が、何十とここにはあるのだ。湯原が着いている席にもテーブルを覆いつくさんとばかりに十数の箱が、足元にもそれを倍々にしたようなふざけた部屋のデコレーション。みんな、この男が持ち込んできたものである、僕が気づかないうちに。
 デザート用ではなく、明らかにメインディッシュの肉やらなんやらを突き刺すのに用いると思われる背の長いフォークでもって、デコレーションケーキを解体していく湯原。勿論、切り崩したスポンジとフルーツは、彼の口の中に、腹の中に少しずつ納まっていく。
「行元も手伝ってヨ、早いうちに何とかしないとただのゴミだから」
 そう言う湯原が、莫迦か、と思ってしまう。手伝って、だと。
 何をだ、莫迦が。そう思ってしまう。
 彼の言う『手伝う』とは、この場合、ひとつしかないではないか。
 この、数十と運び込まれたデコレーションケーキを、共に、食えというのだ、彼は。
 しかも、彼と、僕とで。ふたりきりで、食えというのだ。莫迦だろう、それは。幾らなんでも。莫迦げている。いや、はっきり言って、莫迦だ。遠回しな言い方など、全くそぐわない。莫迦だ、莫迦の所業だ、これは。何の目的があって、こんなことをしているんだ、湯原は。不可能だ、そんなこと。一般人が、四、五人が寄ってたかって騒ぎながら腹に収めるデコレーションケーキを、たったひとりの普段甘いものなど好んで食うわけでもない成人男子が、どうして一個すら食うことも出来るだろうか。
 無理だ。無茶だ。
「どーすんだヨ、これ」
 僕は再び、彼に問う。ちょっと、買い物に出ただけだったのに、どんな方法をもってして、彼は僕のマンションの一室にこんな大量のデコレーションケーキを運び込んだのか。いや、方法はこの際、どうでもいい。実際に、そうやって一室を埋め尽くさんばかりの箱が積み込まれているのだ、それを認めなければ話は進まない。問題は、大問題なのは、その先なのだ。
「どうって、だから、行元にも手伝ってもらおうと思って」
「だから、無理だから、そんなこと。四分の一も食えやしない」
 僕は吐き出すように答える。それが普通だ。誰が好き好んで、デコレーションケーキをホール丸ごと、食おうというのか。誰かが金は出してやるからやれと言ったとしても、そんなことは全然したくない。拷問ではないか、これは。しかし、そんなことは、もう分かっている。僕はもう、その一歩先の話をしたいのだ。一体、これを、これらを、どう処理すればいいのだ。クリスマスケーキはクリスマスにしか売れないというわけではない元々は同じものだ、たまたま、その期間にそう呼んでいるだけのことであって、元を正せば同じデコレーションケーキなのである。何故、湯原は僕の元に持ち込むなどという方法を取ったのか。これでは街先で無償で配布すれば直ぐに捌けるだろうに、と思う。
「じゃあ、僕が何とかする」
 無理だ。
 足元にずらりと広がる箱。それらは全て、同じ形、同じ色合いのデコレーションケーキのものである。最早、途方もなく大きな謎を抱えた気分となってしまった僕は、眩暈すら感じて足を一歩、斜めに踏み出した。その先には箱がある。やばい、と思う間もなく、よろめいた僕はケーキの箱を踏みつけてしまった。
 くしゃり、と音を立てて、箱は潰れた。足に感じる感触は、軽く、固く、そして、それだけである。
 僕は顔を上げて、そして湯原を見た。湯原はこちらを見ていて、そして、ゆっくりと、破顔した。
「サプライズをプレゼント。メリィ、クリスマス」
 やはり、と僕は思った。無茶だ。

104

2011年12月25日 15:25

 近所のハンバーガーショップに遅い朝飯を食いに行くと、レジ前に同僚のTがいた。
「おはよーす」
「あ、どうも」
 既に注文を済ませていたらしいTは、私に一歩譲る感じに身を引いた。
 ホットコーヒーとツナマフィンのセットを頼んで、私は彼の隣に立って待つ。
「どう、週末」
 土曜と日曜がクリスマスイブとクリスマスである。世間では家族と過ごすクリスマスか、それとも異性で過ごすクリスマスか、或いは他人同士で過ごすクリスマスか、はたまたひとりきりでその二日間を過ごしてしまう者も多いのか。私や彼は、その末端に数えられる者だった。年齢イコール、という言い回しは使えないにせよ、孤独を気取って生きられるほど若くもないし、悟るほど老いてもいない。
「別に、ですね。カノジョも連絡寄越さないし」
 Tはぶっきらぼうに言う。
「相変わらずなのか」
 十年近く付き合っていた彼女と大が付くほどの喧嘩をしたのが先々月だったか。あわや、人傷沙汰に発展するかという修羅場を経験したらしいと聞いてはいるのだが、不思議なことにTとその彼女、破局には届かなかったようで、なんだか『喧嘩をするほど仲が良い』という言い回しは本当なのか、と信じなければならないような事態である。
「相変わらず。どっちも意地っ張りなもんで」
 しかしまあ、それ以来、まともな連絡を取り合っているわけでもないらしく、それは消極的な付き合いの解消と呼んでしまっていいのじゃないかと私は思うのだが、Tはそうではないと言う。意地を張って、そっぽを向いているだけ、ということなのか、よく分からない。 
 頼んだものがカウンタに運ばれてくると、私とTはトレイを持ち、並んで喫煙可能なスペースに移動した。
「飯食う前ですけど、吸っていいですか」
 ヘヴィスモーカの彼はジャケットに突っ込んだ手をごそごそ言わせている。
「ああ、どうぞ」
 私は頷いて、ホットコーヒーにミルクと砂糖を入れる。猫舌の私でも啜って飲める程度の熱いコーヒーだ。美味い。
 TはTで、美味そうに煙草をくゆらせると、ゆっくりと細く煙を吐き出した。
「彼女なんですけど」
 Tは指に挟んだシガレットを見つめながら、言った。
「ちゃんと連絡取ってみようかな、って思って」
「ああ」
 へえ、と私は内心思う。互いに意地を張っていたのではなかったのか。私は知らないし特に関心もないことだが、何らかのアプローチがあって少々の話し合いの場でもあったのだろうか。それとも、そうでなくとも、Tの側に何か、折れざるを得ない心境の変化があったということだろうか。両者の沈黙を経て、ただ無為に時間が浪費されただけではなくて、大人であればその中でも自問自答を挟んだことにより回答らしきものを見つけ出せた、そう好意的に解釈出来れば良いのだが。
「良いんじゃないかな。何もしないよりは、ずっと良い」
 私は頷いた。Tは小さく苦笑する。
「何もしないよりは、って……、他にどんな選択肢がありますか」
 まるで、俺がそうする他に手段などないと決め付けるような言い方だった。
 私は無言で首を振る。それは私から告げることではない。
 私のコートの内ポケットで、ケータイが震えた。メールの着信である。
 ツナマフィンの包みを広げながら、ケータイの画面を見る。
『何処へ行ったの?』
 短い文面。発信者は、彼女である。

103

2011年12月25日 00:00

「こんばんは、夜分遅くに恐れ入ります」
 丁度、日付が替わった頃だった。クリスマス・イヴは終わり、クリスマスに名前だけが替わる頃合。見栄とか外聞とか付き合いとか世間体とか馴れ合いとか、そういった社会的なこととは関係なく、ひとりきりのクリスマス・イヴだった。独身を気取っているわけではない。健全なお付き合いをさせて頂いている同じ年の恋人はいるのだ。ただ、お互いに努め人であって、年末のこの時期、色々と立て込んでしまう職種にどちらかが就いていると、週末の土日がクリスマス・イヴとクリスマスである本年度のスケジュールを調整するのはなかなか難しく、まあこの年になってその日付でないと何かを祝えないのかというか、
「別に何を祝っているわけでもないしね」
 と彼女が言うもので、じゃあ年末年始にゆっくり出来るように出来得る限りの日取りの遣り繰りをしましょうと、まあそういうわけである。見た目は一人身と変わりがないのには頷くしかないのが、つらいところである。そんなところで、まあ誰かと過ごすクリスマス、というものは大抵、『誰かが横にいる』ということを差しているのに過ぎず、特別な夜を過ごしている人の数は、この国ではそう多くはないのではないかと考えている。これは大晦日と元旦の境目に代表して言えることであって、特定の日時、瞬間を切り取ってアニヴァーサリィとすることを人はやたら好むのだけれど、大切なのはそのときその場所で何をしていたのかというような具体的なところにあるのであって、抽象的な事に関しては殆どの人は重要視しない。本質的にはそれが逆であるべきこともあると思うのだけれど、大概はそれを無視して、或いは黙殺して、それとも気づきもせずにイヴェントという括りで捉えてしまうのが不思議な限りである。
 ケーキもシャンパンもターキーもなしの晩餐は、勿論、大晦日のディナーのための資金源としてスライドされるために建設的な予算配分であるといえるのだけれど、しかしまあ味気ないと言えば味気ない夕食であった。仕事納めにはまだ間があるために、柄にもなくやる気を出してしまってネットのストリーミング放送などを聞きながら仕事の残りなどをしていると、玄関のチャイムが鳴った。時計を見れば日付が替わっている。
 ドアを開けると、上から下まで真っ赤な格好をした人物が、玄関先に立っているのだった。白い縁取りの赤いニット帽、やはり赤いダッフルコート、少しだぼついたカーゴパンツのようなズボンも赤く、足元のブーツまでもが赤いのだった。クリスマスの宅配便、などと遠回しに表現する必要もない、サンタクロースの格好である。
「はあ」
 誰かへのプレゼントを届ける業者なのだろうか。夜分遅くに、というか、本当に深夜の時間帯である。迷惑もいいところだ。天候や交通の事情でこんな遅くにまで配送をして回っているのだろうか、とちらりと考えつつ、
「どちら様でしょうか」
 社会人である私は訊いてみる。基本的に、名乗らない相手は信用出来ない。
「ニコラスの遣いの者です」
 帽子を目深に被った男とも女とも分からないその人物は、耳慣れない人物名らしきものを口にした。聞き覚えがない。
「……どちら様でしょうか」
 私は同じ言葉を繰り返すしかない。相手は小さく笑う。
「今夜、世界中に贈り物をして回っている迷惑な者のうちのひとりですよ」
 そう言われたら、『サンタさん』であると自称しているのも同じではないか。本当に、誰なのだ。サンタを曖昧に自称している割には、同時に『迷惑な者』などとのたまっている。贈り物をして回っている、と言うくせに、目の前の酔客は面妖な格好以外は手ぶらに見える。
「うちは、今年は必要ありませんよ。俺も彼女も、仕事で忙しくって」
「そうですか、ご苦労様です。ですが我々、誰に贔屓をするというものでもありませんので」
 彼の目的が全く分からないので知らぬ者とは関わり合いにならないのが一番の無難、を実践するべくそう突っぱねようとしたのだが、相手は全く意に介さず、ポケットから何かを取り出して差し出してきた。つい受け取ってしまう。名刺サイズのカードのようなものである。
「確かにお渡ししました。ごきげんよう」
「え、なに……」
 手に握らされたカードに一瞬目を落とした隙に、唐突な別れの言葉を聞かされた。慌てて顔を上げると、もうその人物の姿は消えている。子供が寝静まった頃合を見計らってプレゼントを置き去っていく老いた男の所業のような鮮やかな去り様である。まるで誰も訪ねてなど来はしなかったかのような静寂が戻ってきた。
 カードには12桁の数字が書かれている。男の名刺代わりに肩書きでも書かれているかと思ったが、名前すらない。ニコラスとやらが何者かすら、最早分からなくなってしまった。何から何まで、不明のままである。どうしようもない。けれども、『090』で始まる数字が携帯電話のものであろうことは直ぐに想像出来た。
 私たちには、もうサンタクロースは必要ない。拒絶しているのではないが、夢よりも現実を見る度合いが高くなり過ぎてしまっているのだ。自分たちの理想は自分たちが選び、築いていける。現実を見つめ、奏でていける。それだけきちんと大人になることが出来たのだと自覚しているのだ。それでも、やはり、甘えても構わないのだと呼び掛けてくれる者はいるらしい。
 部屋に戻る。携帯電話に一件の着信があった。それは私の手に握られているカードにも書かれた数字の羅列と同じもので、携帯電話の画面には、その番号が既に私の携帯電話のアドレスに登録されたものであることを示す名前が併記されていた。電話番号というものを覚えなくなって久しいが、そのときになってようやく、その番号が、私が今日、最も近くにいたい、隣にいたい、側にいたいと希求していたらしい人物のものであることに、気づいたのだった。

【○】「DON’T TRUST OVER 30」TAGRO

2011年12月24日 22:56

 読みました。
 なんとなく自分の人生って、くすぶっている、煮詰まっている、そう感じながら、それでも惰性でダラダラと日々を過ごしているアラウンド・サーティな人が読むと、本当に身につまされるところがある短編集。幾らでもコミカルに描くことが出来る作風の作者なのに、ツンケンとした描き方を目立たせることで、意図的に意図的に「これは真面目な話なんですよー」とそらとぼけた口調のまま呼び掛けてくるようで、読む側としてはかえって、その方が嘘がなくて身に染みてくる。
 いつまでも子供でいたい、なんて子供は考えないのです、全くね。


102

2011年12月24日 00:00

「突然ですが、問題です!」
「本当に突然だな」
「昨日は天皇陛下の誕生日、明日はイエス・キリストの誕生日です。では、今日、誕生日なのは誰でしょうーかッ?」
「今日? 今日は……、ええと」
「答え! 今まで秘密にしてきたけど僕――」
「ジェームズ・プレスコット・ジュール、ペーター・コルネリウス、フェルナン・コルモン、エンリケ・フェルナンデス・アルボス、ルイ・ジューヴェ、ジョルジュ・ギンヌメール、ハワード・ヒューズ、フリッツ・ライバー、ピエール・スーラージュ、デイブ・バーソロミュー、エヴァ・ガードナー、ジョナス・メカス、リー・ドーシー、メアリ・H・クラーク、タルヤ・ハロネン、ウディ・ショウ、レミー・キルミスター、ヤン・アッカーマン、アンドリュー・チーチー・ヤオ、アンソニー・クルーズ、ハーミド・カルザイ、イルハム・アリエフ、ネブ‎、アレックス・カブレラ、エルダー・ネボルシン、ジョー・バレンタイン。取り敢えず、これだけ知ってる」
「……うん、よく分かんないけど正解でいいや」
[102]の続きを読む

【◎】「ストレンジボイス」江波光則

2011年12月23日 23:20

 日々希に虐められすぎて不登校になっていた遼介が、卒業式にやって来るらしい。日々希に、そしてずっと見て見ぬふりをしていた私たちに復讐するために。他人のすべてを知りたいという欲求にあらがえない私は遼介の部屋を訪ねる。そこで出会った遼介は、赤の他人と見紛うばかりに鍛えあげた体で、禍々しい形に削りだしたバットを私に突きつけた。「全員殴り殺してやる」。私は、心待ちにしている。遼介が復讐を遂げに現れる瞬間を―。癒やされることのない心の傷を負った少年と少女のためのサバイバルノベル。

 ということで、読みました。
 醒めた人物観を淡々と描いていく乾いた文体。ガール・ミーツ・ボーイの一部に数えられても可笑しくないのに、まるでライトノベル(キャラクター小説)らしからぬ小説。というかラノベのレーベルから偶然産出された「小説」である、と言うべきなのだろうか。実態はどうあれ、僕はそんな感覚で本書を読みました。でも面白かった。このあらすじで、でもなかなか騒ぎが始まる気配はないし、この話はどこへ転がっていくのだろうと、続きと結末が気になって仕方なかった。
 どの人物に関してもすっきりと描き切るということがなく(ラストシーンに顕著。僕はこういう「読者のためのラストシーン」みたいなお約束を外した本書のような終わり方は大好きなのですが)、作者が物語というか人物というか、世界を突き放した姿勢が伺えるのだけれど、そうでないとこの話は成立しないのだろうなあとか思ったりもします。


何を信じる?

2011年12月23日 21:45

■冬まっしぐら。寒いー。クリスマス寒波って何さー。
 年の瀬だからカンパ欲しいくらいだけど、あれって寄付寄越せってことじゃないかと未だに疑っている。
 まあ今日も元気に仕事ですけどね!
 仕事納めには早過ぎるよ! 仕事しろ仕事!
 しかし今年は天皇誕生日、イブが第四土曜日、クリスマスが日曜日、と連休仕様になっているわけですが、「連休」と聞く度に脳内変換されるのは勿論レンきゅん。このまま腐ってしまえ。
「ところが残念、気温が低くて放っておいてもなかなか腐りません!」
 腐ってしまえ。

■ところで、最近しゃっくりを止めるおまじないが効かなくて困っています。
「大豆」と強めに口にするだけでアラ不思議! 一瞬でしゃっくりが止まるよ!
 というはずが、このところ、なかなか効かない。
 ひっく! 大豆! ひっく! 大豆ー!! ひっく!
 みたいなことになっている。なんとかの頭も信心から。

■昨日入りそびれた柚子湯に浸かる。ぽかぽか。

101

2011年12月23日 00:00

「お待たせ致しました、ロイヤルミルクティーです」
「ありがとう」
「どうぞ、ごゆっくり」
「ええ。……ねえ、マスター、ちょっとだけ、いい?」
「なんでしょう」
「あたし、仕事辞めちゃおうかなあ」
「これはまた唐突に。どうなされました」
「うーん……、嫌になっちゃったの、今してる仕事」
「忙しいのですか」
「すっごくね。一日中、仕事のことしか考えてないと仕事が出来ないくらい仕事まみれなの、毎日」
「それはまた……、それでは気が滅入ってしまいますね」
「そうなの、滅入るっていうか、参っちゃったのね、つまり。毎日毎日、まーいにち、同じようなことの繰り返しなんだけど、でも、きっちりぎっちり、仕事のことだけ考えて生きていかないと、次の日の仕事に繋がっていかないの。マスターも、そういうときって、ない? お客さんを迎える準備とか、お茶の材料の仕入れとか、幾ら考えてもキリがないことがたくさんたくさんあって、考えても考えても絶対にまとまりなんてつかないんだけど、でも考え続けていないとその日も終わらないし、次の日も始まらない、っていうこと」
「ええ、ございます。勿論ですとも。誰もが、毎日が終わらないことの繰り返しです。……冷めないうちに、どうぞ」
「ありがとう。……ああ、良い。大好き、ここのミルクティー」
「ありがとうございます」
「それでね、そうしているうちに、次の日も次の日も、その次の日も仕事のことだけ考えて生きてかなきゃいけないな、ということに気づいちゃうわけ。もしかしたら、あたしの要領が悪いだけなのかもしれない。頭が良いって思ってるわけじゃないし、悪いって思ってもいないけれど……、なんというのかな、順応するのが難しいのよね、遊びと違って、仕事っていうのは」
「そうですね。どんな仕事でもそうです」
「でしょう、でもね、困ったことに、あたしの場合、そうしているうちに、おかしなことになってきたような気がするんだ。毎日毎日、仕事のことばかり考えていたら、仕事自体は巧くいってないわけじゃないんだけど、その『仕事をしている自分』の外側にあるはずの自分が曖昧になってきちゃってるような気がするんだ。なんだか、自分のことが考えられなくなっちゃうの」
「それは困りましたね」
「本当よ。仕事のことだけを考えなければ仕事を続けることが出来ない。仕事自体は難しいはずじゃないのに、仕事をし続ける限りは自分を殺し続けなければならない。ちょっと大袈裟かな。でも、社会人って、みんな、そうなのかな、って、ふと思ったんだ。営業したり、ものを作ったり、誰かにものを教えたり、書類をまとめたり、ただ窓口に座っているだけでも、そうしている人たちは、本当の自分を隠して、偽って、別の人間の皮を被って生きているみたいなんじゃないかなって。不思議じゃないことのはずなんだけど、改めて考え始めちゃったら、なんだか頭の中でぐるぐるし始めちゃって止まらなくって。……マスター、もう一杯、ミルクティーを頼んでも良い?」
「まだ、お代わりには早いのでは?」
「違うの、マスターにご馳走してあげる。今日のマスターのお茶、すっごく美味しいよ」
「重ね重ね、ありがとうございます、ですが」
「なに?」
「そろそろ、お仕事の時間では?」
「そうだ、……そうだね。ありがとう、マスター」

KAITO繋がり

2011年12月21日 20:35

■ゆうき、とか、かいと、とかが命名の際、人気らしいですね。
「海斗くーん、あそぼー」
「あら快斗くん、うちの海斗なら何処かに遊びにいったわよ」
「えっ、じゃあ海渡のところかなあ。いってみる」
 なんていう遣り取りも夢ではないなあ。
 イマドキの子はケータイで直に連絡取り合って集まるか。もう「イマドキの子」とかよく分からないな。
 子供、と普通に呼べる十代前半くらいまでの人と、もう一回り以上、年が離れてしまったんだなあ、とここ最近急に感じてしまって、ジェネレーションギャップだけで終わってはいけない危機感みたいなものを勝手に感じ取ってしまっているのは良くない兆候、傾向なのでは? 芸能界で言うところの「若手」って何処までやねん、みたいなのに通ずる(そうか?)

■いい加減少年離れしなさい、と思うのだけれど、創作の糧には外せない。
 初対面のレンの提案。
「マスターの好きに選ばせてあげる」
 →『僕』『ぼく』『ボク』『俺』『おれ』『オレ』

100

2011年12月21日 00:00

 デスクでパソコンに向き合う男、彼に近づくもうひとりの男。
「ああ、松下くん、ちょっといいかな」
「なんですか係長、ちょっとって」
「いや、ちょっとじゃないんだが、野暮用をね」
「野暮用ならよしてください、俺、今日は定時で上がりますんで」
「いやいや、それはちょっと困るよ」
「野暮用じゃないんですか」
「それは言葉の綾って奴で……、ちょっと頼まれて欲しいんだが」
「ノーザンギョウデーですよ今日の俺は」
「いや、だからね」
「大体俺、今月から帰宅部に入ったんですが」
「なんだい、帰宅部って」
「帰宅部は帰宅部です。放課後には真っ直ぐ家に帰る活動部」
「学校じゃないだろうここは」
「社会人帰宅部です」
「ああ分かった分かった。兎に角、きみは定時には仕事を上がって真っ直ぐ帰りたいんだね」
「そうです、その通り」
「じゃあ定時に間に合うように頑張ってもらうとして、取り敢えず頼まれてくれ」
「それは卑怯ですよ、ちょっとって言ったくせに」
「何がだい、まだ何も頼んでいないよ」
「ちょっと俺と話がしたかったんじゃないですか。もう聞きましたよ」
「揚げ足を取るんじゃないよ」

【○】「謎解きはディナーのあとで 2」東川篤哉

2011年12月20日 20:17

 令嬢刑事麗子と風祭警部の前に立ちはだかる事件の数々。執事の影山は、どんな推理で真相に迫るのか。そして、「影山は麗子に毒舌をいつ吐くの?」「二人の仲は、ひょっとして進展するのでは?」「風祭警部は、活躍できるのか?」など、読みどころ満載な上に、ラストにはとんでもない展開が待っていた!?

 ということで、読みました。
 ドラマ化や本屋大賞関連などで物凄い脚光を浴びているシリーズ、第二弾。絶好調ですね。本書はそれらの事情とは関係なく、順当に続けられたシリーズものであるらしいのですが、読み手の感想としては一作目とはあまり変わらず。突き抜けた面白さよりも、ドラマ仕立てのミステリを追及したようなライトな読み物だと思います。読み口は軽く、しっかりミステリ。そんな感じ。
 影山の暴言は毎度楽しいのですが、それは「お約束」の域を越えないもので、影山と麗子の遣り取りそのものがミステリの構成を引き立たせるようなものがあれば、もっと良かっただろうなあ、とミステリ読みとしては思ってしまうのでした。ミステリ度は前作の方が上。


099

2011年12月20日 00:00

 病気で入院中の友人のために、千羽鶴を折っていたときのこと。
 何羽目だっただろうか、多分三百は超えていたと思うのだが、兎に角、繰り返し繰り返し、鶴を折り続けていたのだ。
 ねえ、と声が聞こえた。
 聞こえたような気がした。
 そのときは部屋にひとりで黙々と鶴を折り続けていたので、最初は空耳だと思った。
 けれども、もう一羽、折る前に、もう一度、聞こえたのだ。
 ねえ、と呼び掛ける声。男のような、女のような、少年のような、少女のような。
 人間の声ではないのだ、それは、つまり。
 けれども、人の声で、確かに呼ばれたのだ、ねえ、と。
 しかしその場には誰もいない。聞こえるはずがないのだが、聞こえる声。
 そしてそれはきっと、手元、足元に散らばる、折り紙の鶴から聞こえたのに違いなかった。それしかいないのだ、ここには。無数の鶴。現実に知る鶴とは違う形の、見立てとしての、概念としての、思い込みの産物からなる、鶴の群れ。その中のひとつから、その声は聞こえてきたのだ。
 無心に鶴を折り続けるという行為が、現実から思考を脱却させたのかもしれない。それとも、現実から乖離してしまいたいという欲求がいよいよ生じ始めていたのだろうか、そのときには。単純な行為を淡々と続ける最中には、そうした、現実離れした体験、経験を迎え入れてしまう媒体に人間は容易くなり得る。
 そんなことを続けて、何になるの、と声は言った。
 折り紙の鶴を折るという行為、そのものには意味はない。それは分かっている。
 分かっているのだ、それは。当事者であるからには、勿論、分かっている。
 しかし、その淡々とした行為の中に込められた願いが大事なのだ。
 ひとつ、ひとつ、鶴の形を、姿をを織り上げていく中に込めていく、小さな思い。
 単純な行為の中に封じ込めていく、強い、ひとつの思い。それが大事なのだ。
 だから、鶴を折ったからどうかなる、どうにかなる、そういうものではないのだ、これは。
 だったら、と声は言う。飛ばせてくれないか、と。
 こんなところに捨て置かないで、飛ばせてくれないか、と。
 折り紙の鶴である。風に乗れば、その小さな身体は舞わないということはないだろう。
 けれど、本物の鶴がするような、飛ぶ、という行為には程遠い。
 高いところから、重力に従って落ちるだけなのだ、結局のところ。
 そんなこと、誰が決めたの、と声は言う。
 誰かが決めたわけではない。それが摂理だ。節理なのだ。変えようがない。
 誰が折り紙を飛ばそうとしても、結果は同じなのだ。
 誰も決められないのなら、と声は言う。自分で決めても良いのでしょう?
 それは構わない。人であっても、人でなくても。自分で自分の結果を定めることは、自由だ。
 そう、千羽の中の一羽の鶴に自由を与えても、願いに変わりはない。
 同じ願いを込めた何百羽の鶴に、同じ願いを込めても、変わりはない。
 どちらが返事をしたわけではないが、行動に移すのは直ぐだった。
 窓を開け放つ。淡い風が吹き込む。
 未だ紐で繋がれてはいない鶴たちを、両手で抱えた。
 地上十三メートル。結果は、分かっている。しかし、願いは叶えられるためにある。
 そうであるのならば。そのために鶴は折られていたのだ。
 手を大きく広げる。鶴たちは、宙に舞った。

コタツトップは危険だ

2011年12月19日 22:40

■コタツトップ(デスクトップがコタツの上になっただけ)は危険だ。
 暖か過ぎる。そして直ぐに眠くなる。本当に危険だ。

■いいなこれ! 凄くいい曲!
 メロディは単調なようで、淡々と畳み掛けてくれるので聞き応えがある。


■「透明感」みたいな一言で片付けるには惜しいくらい綺麗。オケも生演奏とのこと。


098

2011年12月19日 00:00

 雪が降り出した。
「ねえ」
 僕は言う。
 彼はもう、半時間も、こうして線路の二本のレールの間に横たわっているのだ。
 勿論それは、レールに対して直角に身体が縦断する姿勢で。
 列車がこの線路を通過すれば、彼の首と足首は切断される。
「列車なんて、来ないよ」
 彼はそう言って、半時間前に線路に横たわった。
 普段から、誰もしたことがないことをしたがる奴だったのだ。
「列車が来たら、どうするの」
 僕は訊いたのだ、念を押すように。
「今日は来ない。ラジオで言っていたもの」
「運休って? まだ、雪は降っていないよ」
 冷やっこいレールの感触を確かめるように首をすくめながら、彼は僕の言葉に対して大袈裟に肩をすくめてみせた。
「これから、降るのさ。豪雪になるから列車だって帰れなくなるだろう」
「だって、列車は線路に沿って走るだけだろう」
「莫迦だな、レールに雪が積もって凍りでもしたらどうするんだい、カーヴで列車が曲がり切れずに転倒することだってあるんだぜ」
「それは分かるけれど、でも」
「だから、大丈夫だって。こんなこと、今日しか出来ないのだから」
 雪が降り出す前にね、と彼は言って、目を閉じた。
「まあ」
 彼は言う。
「こうしていれば、列車が来たときには一キロ前からレールに音が伝って聞こえるからね」
 そうして、半時間が経ったのだった。
 熱伝導率の高い鋼鉄の上に横になった少年。
 僕の問い掛けには返事がなかった。
 これから、恐らく保守点検用の列車がこの場所を通過するだろうことを、僕は知っている。
 彼だって、それを知らないはずはなかったのだ。
 だから、列車が来ない、と言いつつも、来たときには逃げられるなどとのたまっていたのだ。
 けれど、それももう、後の祭り。
 首か足か、その両方を失わなければ、彼はもう、立つことも出来ない。
「ねえ」
 僕はそれでも、もう一度だけ、呼んでみた。
 彼の目が、少しだけ動いたような気もするのだけれど、僕はそれを確認するつもりも失せ、踵を返した。
 この雪が、きっと、全てを覆いつくしてくれるだろう。

097

2011年12月18日 00:00

「でもさあ、冬は嫌いかな、やっぱり」
 彼は首から上以外は殆どコタツの中に潜り込んだ姿勢で、うそぶいた。
 静かな部屋である。僕と彼のふたりきり。部屋の真ん中には買ったばかりのコタツ。
 彼に伝えたら、直ぐに彼は来た。きた途端にこの体たらくである。
「そう?」
「そう」
 僕はその横に普通に座って、冬はやっぱりコタツだよね、と毒にも薬にもならない発言をする。
「こーしてるとさ、することがなにもないもの」
「じゃあ出ればいいのに」
 僕は天板からミカンを取り上げると、のんびりと皮を剥く。
「そうもいかない。寒いから」
 身勝手なことを言って彼は、リモコン取って、と僕に請うた。
 テレビの電源を付け、直ぐ様、ザッピングを繰り返す。昨今、僕たちの琴線に触れるような番組は、滅多にやらなくなってしまった。
『お前、なんでそんなに牛乳買い込んでんだよ』
『だって、背が伸びるから』
『小学生かよ』
『中学生だって伸びるだろ』
『そうだけどさ、牛乳のおかげっていうわけじゃないから』
『そうなの?』
『そうだよ』
『マジで? どうしよう、こんなに買っちゃって』
「牛乳、美味いよね」
「まあね」
 僕らの感想は、そんなものだ。彼は直ぐにチャンネルを替える。
『愛も恋もいらない、私は貴方があればいい』
『それは俺も同じさ、何も望まない』
「これって会話なのかな」
「さあ、意思の疎通が出来てないような気がする」
「だよねえ」
 コタツから彼の手首だけが出ているのがなんだか面白いと僕は思った。
『さあ、後は弱火で煮込んでいくだけです』
『わあ、楽しみですねえ』
『美味しくなったら出来上がりですよー』
「莫迦にされた、今」
「莫迦にされたね」
 ミカンの皮が綺麗に剥けた僕は、なんだか少し機嫌がいい。
「食べる?」
「食べる」
 半分に割ったミカンを、彼の手首に渡す。
 彼はもうリモコンを手にしていない。部屋は、再び静かになった。

096

2011年12月17日 00:00

 ポケットの中に、見知らぬ鍵を見つけた。
 いつから入っていたものかは分からないが、いつからか入っていたのだ。
 ズボンのポケットである。いつも穿いている物で、何か入っていたならば気づかないことはない。そう自分で思っているだけで、案外、そういうものは気づかないのかもしれない。自分の家の鍵はいつも同じポケットに入れている。同じように、いつも何も入らないポケットは、確かに、ある。ポケットに手を突っ込んでのさばるような野暮ったい人間ではないので。
 しかし、洗濯に関し無頓着であるというわけでもない。誰かに入れられたものでないのならば、それは何処の鍵でもない、ということになる。論理的には全く正しくないのだが、世の中の「正解」が全て善悪における良というものでもないのは確かだ。要するに、信用出来るのは何か、ということなのである。
 とはいえ、正体の知れないものを持ち歩くのは釈然としない、すっきりしない、落ち着かない、そういまいち大人になり切れない子供のような好奇心は、多少は持ち合わせていたらしく、身近なところにある鍵穴にそれが合うのかどうか、確かめてみたくなる。自分に縁のある場所で、けれども自分には縁のない許可の受諾者、管理者としての越権行為は許されるのか、否か。悪戯というよりも犯罪の香りがするのは、自分がもう子供ではないということなのか、やはり。
 その前に改めて見てみれば、それは部屋の鍵よりは薄く、実家の金庫の鍵よりは大きく、マンションの裏口の非常口の鍵よりは立派で、エントランスの自転車の鍵よりは丈夫で、会社の事務所の鍵よりは綺麗なものだった。ブレードの部分は鈍い銀色をしており、表裏対象の作りになっていて、頭部には目立った装飾はない。
 鍵に詳しい知人の友人もいるわけではないので、ほんの時たま、やはりなんとなくポケットに入っているその鍵を見せてみるのだが、芳しい答えが返ってきたことはない。一度は己の好奇心を満たすために手当たり次第の鍵穴にそれを差し込んでみる気にもなったのだが、あまりに児戯であったために、想像に留めた。
 それきりである。特に、面白い展開も解決も、ないのである。
 ポケットには、それ以来、鍵があったり、なかったりする。
 困ることもない。元々、何のための鍵なのだか、分からないものなのだ。誰のだかも、分からない。周囲で鍵を探す者も現れたりはしないので、本当に必要とされない鍵なのかもしれない。或いは、変哲もない用途に使われるもので、スペアキーが存在しているため、この鍵はいよいよ、必要なくなってしまったものなのかもしれない。
 頭の何処かで、いつか、誰かに、
「あれ、首の付け根に小さい穴が開いてるよ」
 なんて言われないかと期待している。有り得ないと分かってはいるのだけれど。

095

2011年12月15日 00:00

 目を覚ますと、鼎(カナエ)が目の前にいた。
「おはよう」
「おう……、なんだい」
 目の前、というよりも、真っ直ぐに仰向けに寝ていた僕の膝の上に、彼は乗っているのだった。それに気がついた途端、彼の重みを感じ、実際に乗っているのが膝の関節の部分だったものだから、それが軋むのを感じて僕は一気に覚醒する。痛みは人を目覚めさせる。精神的にも、肉体的にも。拷問を始めると神経が冴える。拷問を繰り返すと神経は痛みを遮断するようになる。巧く出来ているのだ、人間というものは。
「またなんだか、考えながら寝ているなあと思って」
 鼎は言う。いつも骨盤が目立つ彼の腰に見合った肉付きの悪い尻が、膝に当たる。
「痛い」
「そう」
 僕が訴えても鼎は頷くだけで動いてはくれない。
「何を考えながら寝てたの」
 空いた手で枕元の目覚まし時計を見ると、まだ六時前である。勿論朝だ。起きるには早過ぎる。あと二度寝して、三度寝してもお釣りが来るくらいだ。基本的にスローペースでマイペースな人間なのである、僕は。起き抜けの、非常に気持ちが良いはずの時間帯を邪魔されて、僕は自分が決して機嫌が良くないことを感じ始めている。眠りを妨げるものは許してはならない。この場合のモノは有機化合物のみが含まれると解釈されるべきだろうか。
「何も。夢を見ていたかな、思い出せない」
「嘘。寝言、言ってたもの」
 ここで見てたから、と鼎は表情の乏しい顔で首を傾げる。いつからお前は人の上に乗っていたんだ。
「お前が寝ている人の上に乗ったりするからうなされたんだろうが」
「知らない」
 僕は手を伸ばして鼎の頬に触れようとする。彼は僕の指を掴んで握り締めた。これも痛い。
「なんで寝ている人の機嫌を伺わなきゃいけないのさ」
 死んでるのと同じなのに。
 鼎は突然仏頂面を作って言う。明らかに作った表情だったものだから、僕は小さく吹き出してしまった。
「なに」
「いや……、おはよう」
「それはもう言った」
「言ってないと思う、聞いたけれどね」
 どうやら目が覚めた瞬間に僕は目が覚めていたのだと分かった。
「……うん」
 また俯いて、鼎は頷く。それでも彼は、まだ僕の上から退いてはくれない。
「そろそろ、退いて」
 痛みがあるうちはまだマシだ、これが痺れてくるようになると健康的によろしくない。僕は再三、訴えたが、
「嫌だ」
 鼎はそのまま、こちらに倒れこんできた。頭突きは免れようと、顔を横に押し遣る。ばふん、と軽い音を立てて、鼎の頭は枕に落ちた。下半身は未だ、僕の上である。鼎、と彼の名を呼んだ。しばらく、返事がない。もう一度呼ぶ。枕に埋めた小さな頭から響くように聞こえてきたのは、
「眠いから、寝る」
「いや、退いてくれって」
「嫌だ」
 まるきり子供である。朝の機嫌が悪いのはどちらが上だか、分かったものではない。彼よりも少なくとも大人である僕は、やれやれ仕方がないなと、ぽんぽんと彼の背中を叩いて、遅まきながら二度寝を始めることにした。

094

2011年12月14日 00:00

 どうにも袋小路に行き詰った私は、やむなく御影の力を頼ることにした。殺人事件である。警察の科学的捜査能力も物理的な証拠に基づく推測では犯行方法と動機、犯人の正体を解明するには今一歩至らず、素人探偵を気取った我々一般人がない知恵を絞ったところで、帰納論理学の入り口を超えることは適わなかった。そんなわけで、御影に最も親しいといわれる私がわざわざ彼の元を訪ねて彼の考えを請うこととなったのである。
 安定した生活を送っているわけでもないのに住処だけは贅沢に思える瀟洒なマンションの四階の一室に、彼は今日もいた。インターフォン越しに答える彼の顔色はやたら良さそうで、上機嫌なときにこそこういった厄介事は持ち込むに限る。基本的に私は御影に対して嫌がらせ以外のことはしたくない。嫌な奴なのである、御影という男は。
「やあ、久しぶり」
 実際、ふた月ぶりくらいだろうか、開口一番に私を迎えた御影の口調は割合、滑らかだった。
「なんだ、私のことを待ち受けていたみたいな言い方だな」
「当たり前じゃないか、きみと会えて嬉しいよ」
 今日も上から下まで黒一色の装いをした御影は、その名が体現したかのような男である。大抵、モノトーンを基調にした格好をした男は野暮なものであると相場が決まっているのだが、この男に関しては不思議とそんな印象は受けない。余程普段、俗世間に巧みな干渉でもしているのだろうと老婆心に推測する。
「冗談だろう」
「本心だ」
 いつも私と彼はこんな感じで、互いに口さがない。
「早速だが、事件の話をしてもいいか」
 リビングに向かい合って座るなり、私は口火を切った。
「いいともさ。それを楽しみに待っていたんだ」
「不謹慎だな」
「そう言うな。きみだって期待してきたんだろう」
 それは否定出来ない。頭の回転の速さだけは私は他人にこの男を自慢出来ると思っている。
「概要はテレビやネットでも少し流れたから知っているな。私の友人の紺野清久の姉、亜佐美が毒を盛られた。砒素中毒で意識不明のまま、入院中だ」
「知ってる。ただのお茶会だったはずが、とんだ大事件になったものだな」
 私はゆるゆると首を振る。
「洒落になっていない。本当に、パーティでもなんでもない、知人が集まって茶菓子を摘みながらコーヒーや紅茶を飲む、そんなだけの他愛無い場所と時間だった。まさか、あんなことになるなんて」
「それは幻想だよ」
 御影は直裁に言ってのける。
「街の雑踏の中で擦れ違い様にナイフで切りつけられる可能性が皆無な時代は、文明が始まってからこの方、一度だってありはしなかった。つい最近だって、隣の街であったばかりだろう、歩行者の横をバイクが通って、って奴」
「ああ、あれは酷かった……」
 歩行者を挟むように通り抜けた二台のバイクの運転者は、それぞれ、歩行者の首の位置の高さに固定されたワイヤをハンドルに貼り付けて平行に走り抜けていったのだ。おおよそ七十キロの速度で駆け抜けたと思われるバイクは、歩行者の首から上をワイヤで綺麗に寸断していったという。歩行者は勿論即死。人通りが少ないわけではなかったが、直後の惨状――突然歩行者が首を落として血を噴き出すという――あまりに現実味に乏しい光景に皆、呆然と目の前の光景を見送ってしまい、有効な目撃証言は皆無に等しいのだという。計画的な殺人か、それとも無差別殺人か……、まさか事故では有り得ないだろうと、憶測は様々だが、事件の解決は遠そうだ。
「全く、お前が言っているのとは違う意味で、幻想だと信じたい事件ばかり起きるような気がするよ」
 私が溜め息をついてそう言うと、
「――きみが言う言葉は、一々、もっともらしいけれども幻想的だね」
 御影は再度、人を小莫迦にするような口振りで言う。
「まあいいさ、今はまず、きみの持って来た事件の話を聞くのが先だ」
 膝の上で指を組み、御影は私を真っ直ぐに見た。
「話は長くなるかな。コーヒーでも飲むかい」
「いや、しばらくは飲めそうにない」
「そうだろうね」
 小さく彼は苦笑いを浮かべると、
「では、お願いしようかな、寸分漏らさずにね」
 口だけの笑みをもう一度作って、私を促した。
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【◎】「図書館戦争 SPITFIRE!」有川浩・ふる鳥弥生

2011年12月13日 22:11

 読みました。
 図書館戦争、コミカライズ。弓氏の少女漫画版とふる鳥氏の少年漫画版、と呼ばれるだけあって、このふる鳥バージョンはなんとも躍動的で原作の「いつでも全力失踪」っぷりが遺憾なく発揮されているのがよく分かります。というか、ちっとも強調ないのにラブコメ! どのページを見ても笠原可愛いな! 真っ直ぐな少年みたいで可愛いです(そういうことかよ)。
 大体が有川氏の原作が、力技もいいところなのに兎に角、全力で説得する! みたいな勢いが素晴らしいところに強い魅力があるので、本作も同じように勢いを強さに続けて欲しいものです。


093

2011年12月13日 00:00

 夜中の街角で、人っ子一人通らないんじゃないかというような真っ暗闇に包まれた界隈。
 仕事でストレスが矢鱈溜まっているときなどは、そういう、人間がやってこないようなところを意識して選んで歩いてみたりする。特に意味はない。ただ、そうすることによって、個人的に……、本当に個人的に、救われるような気がするだけなのだ。誰かに救ってもらう、というものでもない。自分で自分を救うことが大抵の場合、非常に困難だと分かっているのは承知の上で、意図的に逃げ道を打つだけのことだ。
 だから、別段、何かに期待しているというものでもない、何か、特別な、格別な出会いなどがあればな、と思わないでもないが、そうそう、何かと都合のいいようには世界は個人に働き掛けてはくれないものなのだ。それを私自身、よく分かっている。そうでなければ、ちまちました仕事のストレスなどが鬱積などするものか。
 そうして光よりも闇が重積しているだろう界隈を、とぼとぼと歩く。しばらく行くと、人が座り込んでいるのが見えた。恐らくは雑居ビルが廃墟になったものであろう建物の入り口、中二階への階段に腰を下ろして、何かを眺めているでもなく、何かを探しているわけでもなく、何かを求めているわけでもなく。そう私が勝手に決め付けただけだ、無論、それは。誰が何処で何をしていようが、それはその者の勝手だ。
 それが私と同じような、人であるならば、だが。
 それは恐らく、人間ではないのだった。年の頃、十四、五の少年のようにも見える。長袖のシャツに同色のズボン、褪せた靴を履いて、座り込んでいる少年の腰からは、しかし、獣を思わせる尻尾が伸びて、ゆらゆらと動いているのだった。それは人が冗談で付ける衣装ではない。不思議と、そんな確信が外れたことはないのだ。
「きみ」
「はい、……あ、あのっ、いえっ……」
 呼び掛けると、獣の少年は返事をして、しかし、即座に否定をした。
 否定の言葉だったのだろうか、それは、慌てて答えたがために口癖のような吃音が飛び出したかのように聞こえたので、私はもう一度問い掛けてみる。
「何をしているんだい、きみは、ここで」
「いえっ、あの、その……」
 少年は私の顔を真っ直ぐに見た格好のまま、あわあわとまともな返事が出来ないままでいる。私と話を続けていいのか、私の存在をきちんと眼前に認めているのか、全く分からない。いやしかし、どうやら単なる人見知りらしいと踏んだ私は、彼に向かって手を伸ばした。
「おいで」
「え、あ、あのっ」
 未だ、普通の返事が得られていないことを脇へ寄せて、私は少年の手を、指を掴みあげる。みすぼらしい格好をしている割には、その指は滑らかで長く、爪は欠けたり尖ったりすることなく、綺麗だった。人工的に彩られた美しいものよりも、暗闇にうずくまる綺麗なものの方が、私は好きだ。
「待っていたんだろう? 誰かを」
 最早、彼の返事を待つ必要はないと、私は彼の腕を引き寄せ、少年を立ち上がらせる。そうだ、誰でも良いのだ、それは。きっと、何でも、何だって良い。私がそうであるように、少年もそうであるのだ。私の肩ほどまでしかない小柄な少年は、ますます小さな態度でもって、私の目を見返した。彼の瞳が私の光も闇も映し出さないのがその唯一の根拠である。
「あの、あのっ……」
「いいから。何も答えなくていい」
 イエスもノーもなしにさらっていくのも面白いかもしれない。私はそんなことを考えている。獣の少年が存在する理由など、何処にも存在しない。同様に、彼が何処にも存在してはいけないという理由も、等しく、ないのだ。そうであれば、今、ただひとり、彼の存在を認める私がここに存在してはいけないという道理も、ないではないか。だから、私は自由だ、何者にも増して。

【◎】「きのう何食べた?・4」よしながふみ

2011年12月12日 22:08

 今巻に収録されている料理は……煮込みハンバーグきのこソース、かぶの海老しいたけあんかけ、卵焼き、海老と三ツ葉と玉ねぎのかき揚げそば、長ねぎのコンソメ煮、キャラメルリンゴのトースト、玉ねぎたっぷり豚のしょうが焼き、ナポリタンなどなど盛りだくさん!!

 ということで、読みました。
 「男の料理」だ…、色んな意味で。中途半端にBLっぽくならず、中年間際、というシロさんたちの位置付けが非常に巧くて、生活の中に料理が組み込まれていることに不自然さがないのが魅惑的ですらある。料理パートを抜いても「読める」本。手際の良さとモノローグのおかげで、料理本の如きレシピの分かりやすさ。作るのが男なら食べるのも男で(そりゃあそうなのだけれど、ニュアンスの問題で)ところどころ、本当に男心をくすぐる手腕が見受けられるのが面白いです。
 あまりに簡単なネギのコンソメ煮、読んで直ぐに作ってみました。美味いなこれ!


092

2011年12月12日 00:00

 退社間際に、倉庫に行くと、そこに莫迦でかい段ボール箱があった。
 そこには張り紙がしてあって、
「いらないので、誰か持って帰ってください」
 とある。
 箱の中には、膝を抱えて白根が座っていた。
 仕事はどうした。もう帰ってもいい時間ではあるが。
「……なんだよお前」
「いやあ……、捨てられちゃった」
 見上げて、へらりと笑う彼の顔には、血の気が少ないような気がする。
「誰にだ。彼女か」
 冗談めかして言うと、
「誰だよ、俺の彼女って。いたら教えて欲しいよ、俺が」
「そうだな」
 また薄い笑みが帰って来て、僕は不安になる。
「こんなところで、何をしてる」
「だから、捨てられちゃったんだって」
「だから……、誰にだ」
「彼女にではない。取り敢えず出して」
「それは分かってる」
 手を延ばしてくるので、答えながら引き寄せる。意外とすっぽりと箱の中に納まっていた白根は、よっこらしょいと掛け声を出して段ボール箱から脱出した。そうしながら、よくある社内の苛めですよ、などと尋常ではないことをさらりと口にする。同僚苛め、部下苛めなどというような陰険なことがまだこの世に存在するのかと僕は目を剥いた。
「嘘だろ」
「まあ、嘘なんですけどね」
 あっさりと掌を返す白根の表情からは、真相が見て取れない。
 そうなのだろう、きっと。人当たりは悪くない、与えられた仕事はきっちりこなす。自ら仕事を選び、探し、貢献するタイプの白根に、敵は少ないはずだ。それなりにソツなく、を地で行く僕が思うのだから間違いない。しかし、誰が誰をどう思っているのかは、外見からでは分からないから、僕はしばし迷ったのだ。
「でもま、今日の仕事もきっちり終わらせてきたし、心残りはないかな、と」
 膝についた埃を払いながら、白根は僕を真っ直ぐに見た。
「じゃあ、帰りましょう、ご主人」
「誰がご主人だ」
 僕は溜め息を吐いてそっぽを向いた。段ボール箱に張られた紙の筆跡は、間違いなく白根自身のものだ。別段、『拾ってくれる』相手は僕でなくても構わないのだ。そういうことなのだろう。いい年をして、口実なのだ、これは。食うか、飲むか、それとも遊ぶか。どうしようか、と僕はこの後の行動について思いを巡らせている。
「まあいいさ、たまには厄介事も引き受けよう」
「誰が厄介事だ」
 懲りずに白根は眉根を寄せる。
「お前だ、僕(シモベ)。今日の飯はお前が作れ」
「急にご主人らしいですね、ご主人」
「はいはい、御託はいいから帰ろうぜ」
 段ボールの張り紙を剥がして、僕は白根の背中を押した。

091

2011年12月11日 00:00

R指定かも。
具体的な描写はないのですが、BLっぽいといえば、ぽい。
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月食

2011年12月10日 23:33

■皆既月食、見ました。
 角度が随分高かったために、室内からガラス越しに見ることは断念。外に出てみるも、また今日に限って随分と寒いんでやんの。ということで、コート着込んで毛布も被って、時間ギリギリまではクルマの暖房を焚いてこもってフロントガラスから懸命に夜空を見上げる、ということを繰り返してました。
 それが始まったとき、家の前の道路(私道)にレジャーシートを敷いて仰向けに寝転がって、月を眺めてました。物凄く遠くにあるはずなのに、手を伸ばせば届きそう、という夢のある錯覚は、やはりどうしても覚えてしまうものですね。安いデジカメを構えてもみたけれど、如何せんブレてブレて、ブログに掲載出来るようなレベルのものは撮れませんでした。ちょっと検索すれば幾らでも綺麗な映像が見られると思いますので、こんなところへ探しに来る人もいるまい、ええ…。
 しかし、まあ、皆既月食の瞬間(前後)は、今回はカメラを構えて待つ、というkとおは自重してみました。どうも、そういう記念碑的なイベントを目の当たりにしている最中、何故自らの目で見ずにカメラ越しの映像で人は満足してしまうのか。千載一隅の肉眼で事実を確認する機会にあるというのに、何故記録に残すことを優先的に考えて行動してしまうのか。ブロガーに多い傾向です、注意しましょう。
 「赤い月」を数多くの人が一心に眺めるという非日常さを認識してふと末恐ろしい何かを感じるような、インスピレーションへの良い刺激。寒いのを我慢して我慢して、遠くに遠くにある月を眺め、息を白く吐いて家の中で戻ってきました。あったかい! メガネが真っ白!


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