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あっという間に

2015年06月02日 20:51

■半年経ってしまうものである。
 もう日記とか書けないなー、と思いながら、それでも2ヶ月にいっぺんくらい、思い出してはブログを見返してみたりする。目的は何ということもない、目的などなにもない。さっさとアカウントを消してしまっても支障はないはずなのに、いつまでも跡地を残しておくのはウェブサイトも同じで、最早あちらも過去の遺物になりそうな感じ…、が既に10年前にあったのだけれど、あれこそなんというか、青春時代の名残というか、そのときは本当に全身全霊を込めて、みたいな…、命削って何かをやり遂げよう、みたいなことを自分ひとりは考えていたけれど客観的に見ればそうでもないし思い返してみれば時間の浪費だっただけなんじゃない? と顔を真っ赤にしてひとりでもごもごしたくなることも懸命にやってたんだよなあ、と苦々しく微笑ましくいつまでお前は振り返ることが出来るのかなアハハン? との未来への自分への挑戦状、みたいな。
 意味なんてないのです。価値もきっと、殆どないでしょう。
 でもでも、何処かの自分から現在の自分に続いていく何かが幾らか、そこには今も隠れているのかなあ、と思えないこともないので。なんとなく何か書いてみるかどうかなあ、とキーを叩いてみれば、ほら、独り言を呟くように書くことが出来る。こんなことが出来るのも今だけ。どんなことであっても、何かをすることが出来るのは、今だけ。やり直しも、先送りも出来ないのが、今、していること。それだけははっきりと言える。今やっていることは、今しか出来ないこと。ただそれが、今やるべきか、やるべきでないか、という違いはあるけれど…、そこに迷いを持っていたら、今、何もすることは出来ない。
 我武者羅に何かをし続けることと、今、或いは近い未来、自分が何をするべきなのかを考えて、それをすることが出来るか否かを見定めた上で何かを始めること。別にどちらが正しいか正しくないか、そもそも、この二者は対立していないし相反していないと書きながら思ったのですが、どうでもよろしいことなのです。
 これは、日記ではありません。
 このブログも、最早、日記ではありません。
 このブログがここにあることを知っている人は少ないだろうし、このブログが何かを生み出したことはもっと少ない。
 何のためにこのブログは残されているのだろう、という問いに対しては、まあ、それは過去の話なので、今となっては何の意味もないのだろうな、と思うだけです、何年も掛けて記事を書き続けてきた本人が言うのだから間違いはない。自嘲するつもりはないけれど、以前にも多分感じたように、大抵の文化活動には同じことが言えてしまうので、既に、蛇足。
 そのうちまた、生産的なことが出来ればいいなあ、と思わないでもないですが、現状、こんな感じですので。
 切っ掛けは、また何時とも知れずやってくるのでしょうけれど。
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